過去の教育委員コラム

ID番号 N2506

更新日:2022年08月01日

令和4年2月

コミュニケーション

    先日、妻と二人で某サーティーワンのアイスを食べた。ご存じの方も多いとは思うが、アイスを入れるカップかコーンを選べる。食べるのに効率的なカップかと思ったら、妻がコーンを選んでいた。25年ほど付き合ってきて、妻がアイスのコーンが好きだったとは初めて知った。妻が言うには、コーンがあるからアイスが好きなのよと。
    赤池小学校の職員室が開放的で、教師のコミュニケーションの活性化に大いに貢献しているということを学校訪問で教えていただいた。これからの教育は知識伝達だけではなく、情報を活用しつつ、他者との相互理解のもとに問題解決を探っていくことを体験しなければならない。校長先生が言うには、まずは教師間のコミュニケーションを活発にする必要があると。
    最近読んだ「先生はえらい」(内田樹著、ちくまプリマー新書)という本の中に展開されているコミュニケーションの解説が興味深い。筆者は「コミュニケーションの目的は、メッセージの正確な授受ではなくて、メッセージをやりとりすることそれ自体ではないのでしょうか?」と問いかけている。コミュニケーションの本質は「誤解」しつつ「延長」することにあるのだともいう。確かに、相手のすべてを理解したなら、それ以上のコミュニケーションは必要なくなるし、継続したくもなくなる。妻の嗜好に新しく気づくこともコミュニケーションの成果なのだ。「もう、お前の言うことはわかった」と言ってしまったら、コミュニケーションは終了する。相手がいて、うまくは言葉を交換できなかったけど、何か得られたという共同作業がコミュニケーションであり、またその作業をしたいと思うことが大切なのだろう。
    コミュニケーションを教育するということは、奥が深いなあと思わされた。IT活用で効率化の進む中、誤解やもどかしさを内包したコミュニケーションの楽しさやそれによって自分を再発見する喜びを、お互いの息づかいを感じる中で、子供たちが学んでくれることを願う。

令和4年2月 教育委員 伊藤志門

令和3年12月

成人式に寄せて

    成人式の季節が近づいてきました。ここ数年、教育委員として成人式に参加させていただき、成人された皆さんの若さあふれる、たくさんのエネルギーを感じて、大変有意義な一日を過ごしております。令和3年度の成人式も、年明けに予定されています。このコロナ禍において、新成人、スタッフの皆さまにとっては、当日まで気を抜くことが出来ない状況ではありますが、対策をしっかりした上で、無事に開催されることを願いたいと思います。
    成人すると、例えばスマートフォンやアパートの契約が自分で出来るなど、義務や責任を伴うこともできるようになります。しかし、20歳になった瞬間に、何もかもが大人としての行動ができるかといえば、そうでないこともたくさんあります。幼稚園、小中学校…と様々な体験をし、学んできたことを積み重ねていくように、大人として、初めての体験を積み重ね、大人としての人生を歩んでいくのだと思います。新たに成人を迎えられた皆さんには、自身に課せられた義務や責任を感じるとともに、気負わず、少しずつ大人としての人生を歩んでほしいと思います。
    私事ではありますが、先日私の娘も20歳の誕生日を迎えました。誕生日当日までは、どんな誕生日になるかと落ち着かない気持ちでしたが、その当日は、いつも通りの日常でした。このいつも通りの日を当たり前に迎えられたことが、どれだけ尊く、ありがたいことでしょうか。特別な一日でありながら、いつもの一日であって良かったのだと思いました。
    改めまして、今年度も華やかな門出を迎える皆さんに、たくさんの祝福を送るとともに、成人式当日は、良き時間をともに過ごしたいと思います。

令和3年12月 教育委員 藤井美樹

令和3年10月

本質を見極めて

    今年も学校現場は、コロナ禍ゆえの制約を受けながらも、1年前の休校措置が採られたころと比べると、子ども達が学校で集い、切磋琢磨する平常の姿が戻ってきてくれた、令和3年の上半期であったと思います。
    まだまだ今もコロナは進行形なのは否めませんが、今後のコロナ後を考える中で、今回の非常時の対応で改めて考えさせられたことは、安定して連綿と続いていくことが命題である学校教育、子ども達の学びについて、様々なものが削ぎ落とされた結果、真の教育活動の本質が見えてきたように思います。
    子ども達の教育活動をより豊かにしようとして、過去から当然のように積み重ね展開してきました、行事や取り組みの目的やねらいを、今一度、学校現場は、確認し練り直す必要が出てくると思います。
    学校の一年は、4月の学級開きから始まり、1学期の人間関係作り、仲間意識を感じる多くの行事のある実りの2学期、そして、相互に成長を感じ次年度を見据える3学期等々と続いていきます。
    人は、その学齢毎の精神面の発達の中で、次第に影響しあい、自立し成長していきます。一朝一夕ではできません。様々な友達と切磋琢磨する中で、感化し合い、角が取れ丸い石になっていくと思います。制約が余儀なくされた中で渇望したのが、友の顔、相互の体験、体感。そして、平凡な日常の貴さ等ではなかったでしょうか。
    ある動物学者が言っていました。「人は集団の中で、見て、まねて、失敗を繰り返し、学習していく動物である」と。
    コロナ禍中で、多くの本質が浮き彫りになりました。
    市内の各校は、現在目の前の子ども達に対して、教科指導は当然でありますが、何を求め、身に付けさせていくのか、その本質を見極め、再構築に向け鋭意努力をしてくれています。教育委員会としても、今後もしっかりと各校の教育活動を支援していきたいと考えています。

 

○「不易」とは、物事に固執することではありません。本質を理解し、継続しようとする精神です。故に、物事のねらいや目的を見極める心が肝要と考えます。

○「流行」とは、過去を否定するものではありません。現状に対し柔軟に対応していこうとする姿勢です。故に、今を的確に捉え、未来を予測する視点が肝要と考えます。

 

令和3年10月 教育長 久保田力

令和3年8月

万歩計

    12678、11542。この数字は、朝起きてから寝るまでに歩いた歩数です。きっかけは、先輩があるとき、私に万歩計を見せて、「これを身に着けて歩くと歩数を数えて記録してくれる。運動不足なので毎日できるだけたくさん歩くようにしている。」と話してくれました。興味をもった私は、早速、万歩計を手に入れて歩き始めました。今では、携帯電話の中にその機能があって、歩数だけでなく消費カロリー、距離などを計測してくれ、それを使いこなしている方もたくさんみえるようです。私は、最もシンプルなタイプで、歩数だけを記録するものを使っています。今年で15年目に入りました。毎日の歩数をノートに記録し、集計をしています。長い時間長い距離を歩かないと効果は少ないという話も聞きましたが、私の場合は、それでは長続きしないと思い、とにかく歩数を記録するというやり方で行っています。

    途中から「毎日1万歩」という目標を立て歩くようになりました。体調を崩したときは1日に千歩未満、花見旅行をしたときは3万歩超というときもありました。何年も続けているので体力がついたのでしょうか、毎年、特定健診を受診していますが、特に悪い結果は出ていませんし、最近は風邪などで医者にかかることも少なくなりました。また、「にっしん健康マイレージ」に参加するようになってからは、ポイントがたまると特典がもらえるので、それも励みになって続いています。

    思わぬ光景に遭遇することもありました。たまには、長い距離をと思い天白川の堤防を歩くことがあります。早朝でしたが、カワセミを見ました。それも4羽同時にです。また、川面に突き出ている枯れ枝に止まっていたカワセミが、突然、川に飛び込み、すぐまた同じ枝に止まりました。よく見ると嘴(くちばし)にシラハエでしょうか銀色に輝く白い魚をくわえていました。感動の一瞬でした。

    日々続けることの大切さと、続けることができるありがたさを思うこの頃です。

令和3年8月 教育委員 武田立史

令和3年6月

笑顔を呼ぶ鏡

    みなさんは、身近な人の言動に気分を左右されてしまったというご経験をお持ちでしょうか。我が家の高校生は朝が苦手で、不機嫌気味に起きてくることがたびたびあります。こちらがせっかく爽やかな気分でいても、顔を合わせた途端に「今日は○○があるからヤだなあ。」などとため息混じりで言われてしまうと、もうがっくり。新しい朝が台無しにされてしまったような気さえします。

    このように、他者からの負の感情やストレスが感染することを「セカンドハンド・ストレス」といい、その作用は脳のミラーニューロンという神経細胞の働きによるものだそうです。「ミラー」とは言い得て妙で、まさしく鏡のように相手のイライラがそのまま自分に返ってきます。でもちょっと待ってください。鏡は悪い状態ばかりではなく良い状態も映すはずです。それならばとさっそく我が子に試してみました。相手がネガティブな発言をする前に、「今日は天気が良くて気持ちがいいよ。」などとポジティブな言葉がけをするのです。結果はまずまずといったところ。「ホントだ。雲一つないね。」なんて言葉が返ってくるようになりました。

    学校において子どもたちが楽しいと感じる授業は、先生方の入念な準備と熱心なご指導に加え、先生ご自身がその授業を楽しんでやっておられる姿勢が影響しています。長引くコロナ禍においてどうしても気持ちが塞ぎがちですが、「できることをやる」という先生方の前向きで力強い姿勢が鏡のように子どもたちに映り、笑顔を呼ぶのではないでしょうか。ストレスをうまくやり過ごすという一つの「生きる力」につながっていくことを願います。

令和3年6月 教育委員 市来ちさ

令和3年4月

タブレット端末

    新型コロナウイルスが未だ収束の気配を見せない中でも、国内外のスポーツイベントが観客数の制限を掛けながら徐々に開催されるようになった。昨年は中止になった高校野球も今年は3 月19 日から選抜高校野球が始まり、選手たちのはつらつとした一挙手一投足の全力プレーがみられ、球春を迎えた。

    最近のスポーツ競技全般にいえることだが、どんな方法であれ集められた情報は、戦術プランをつくるのに大きな意味あるヒントを提供している。相手方の動きや戦術を動画でみて解析し、撮影した自身のフォームをチェックするなど以前からトップスポーツにおいてもこの様なICT(情報通信技術)は頻繁に活用されていた。私自身の選手・コーチ時代を思うと、一昔も前になるがビデオカメラやデッキ、モニターテレビを駆使して、しかも機器を固定しての動作運動の撮影や試合実況などを撮るといった使い方で何度も振り返り、また動画をスロー再生しながら比較し、傾向やデータ分析から戦術的な判断をしていた。

    その後、デジタルカメラの普及がより簡単に映像を収めることができるようになった。そしてタブレット端末の普及により、その活用が軽量で高性能な使い勝手の良い機器に進化してきた。今、デジタル化という変化の波は教育の世界にも押し寄せ、学校教育の中でも一人一台端末の時代を迎えている。ICT 等の情報技術を学校現場に導入する環境になったことから、これらの活用によって、いろいろな授業がこれまでと大きく変わっていくのではないかと思われる。

令和3年4月 教育委員  小林秀一

令和3年2月

今だからこそ思うこと

    令和2年度も、残り2か月あまりとなりました。今年度は新型コロナウィルスの影響により、誰もが想像することができない1年となり、いまだ先の見えない日々であります。私自身も、感染してはいけない、周囲の人を感染させてはいけないと、今も緊張し、毎日の消毒作業など、張りつめているように思います。
    社会全体でのステイホーム、三密回避といった生活の変容により、人と会えない日々が続き、人との距離をとらなくてはいけないなど、今までの当たり前が当たり前ではなくなり、閉塞感の漂う日々を過ごした人も少なくないことでしょう。
    しかし、そのような中でも、大切なことに気づかされた日々でもありました。人と離れなくてはいけなくなった分、特に、人の温かさ、人とのつながりが、これほどまでに人間にとって大切なことだと気づくことができました。自粛生活の中で、リモート会議、オンライン学習といったインターネットの普及が加速し、「それも悪くないね」「非常時には必要なことだよね」と前向きに受け入れても、やはり直接人と会って話したいと思う気持ちに勝るものはないと感じました。
    今は社会の状況に応じ、離れていなくてはいけないこともあります。だからこそ、会えない大切な人を想う気持ちを大切に、今こそ相手の気持ちを考えられるようにしたいものです。SNSなどでは、価値観の違うことから生じる批判を目にすることも増えました。しかしどうか、それぞれの立場や状況を冷静に考え、自分を見つめなおし、批判ではない、相手を想う優しい言葉を増やしてほしいと願います。

令和3年2月 教育委員  藤井美樹

令和2年12月

教育委員としての終活

    教育委員としての任期の最終年度を迎え、「教育委員として出席する会議や市・学校の行事・イベント、委員研修には極力欠席しないようにして、一つ一つのことをしっかり噛みしめて出席しよう。」と以前から心に決めていた。それが「終活」になると考えていた。このことは、自分が教職を定年退職した前年度の心境と同じであった。
    ところが、新型コロナウイルスの感染拡大により、ほとんどの行事やイベントが中止になってしまった。全くの想定外で、「最後の年がこんなことでいいのか。何とも締まりがない。」と今思っている。
    暇に任せて、過去の手帳から"自分の月別出席日数"を拾い出してみた。

月別出席日数
年度/月  4  5  6  7  8  9 10 11 12  1  2  3 合計
H25  7  4  6  3  4  4  7  4  1  5  2  5 52
H26  5  7  5  4  2  3  7  6  2  2  2  6 51
H27  6  8  6  5  3  4 10  4  2  7  4  6 65
H28  7  9  5  6  4  3  9  7  1  7  4  6 68
H29  7  9  6  6  3  5  5  7  1  6  4  6 65
H30  7  8  7  8  2  3  8  7  4  6  2  6 68
H31/R1  6  7  5  5  5  4  6  5  4  8  3  4 62
R2  4  1  1  3  2  0  2  1  4       (18)

    こうやって見ると、今年度がいかに例外的な年であったか分かる。しかし、来年度以降もコロナ感染が収束しなければ同じことになる。先が見えないだけに、市や学校の関係者のみなさんは、頭を悩ませてみえるのではないだろうか。
    教育委員会として何ができるか限界はあるが、せめて感染予防対策のための予算をつけようと懸命である。今の状況を考えると市長部局も議会も積極的に支援していただいていると受け止めている。
    教育委員として残る期間、出番は少ないかもしれないが、できることは精一杯取り組んで存在感を示したいと思う。それで「終活」になれば幸いである。

令和2年12月 教育委員 森本直樹

令和2年10月

貸すも親切、貸さぬも親切

    TBS日曜劇場「半沢直樹」が高視聴率を記録しており、私も毎週楽しみに視聴している。その中で使われていた「貸すも親切、貸さぬも親切」という台詞に興味を持った。経営改善が必要である企業に対して、親身になって再建策の提案やコスト削減の手伝いをすることこそ銀行の使命であって、無計画に融資を提供し続けることは"親切"ではないと銀行員である主人公が自負する台詞である。元になった語録は、全国信用金庫連合会の会長として活躍された城南信用金庫の第三代理事長の小原鐵五郎氏のもので金融界では有名な語録だそうだ。「銀行は利息を得るためにお金を貸すが、我々組合は、先様のところへ行ってお役に立つようにといってお金を貸す。たとえ担保が十分であり、高い利息を得られたとしても、投機のための資金など先様にとって不健全なお金は貸さない。貸したお金が先様のお役に立ち、感謝されて返ってくるような、生きたお金を貸さなければならない。」と述べ、これを「貸すも親切、貸さぬも親切」と要約している。(城南信用金庫HPより)
    介護や医療の現場でも、同様のことが言える。金ではなく「手」を「貸すも親切、貸さぬも親切」とでも言ったところだろうか。施設などでの生活に際して、すべての障害物を取り除き、何も苦労することなく介護者が移動したり居住したりすることは、返って筋力や平衡感覚の劣化を引き起こすとも言われる。むしろ一般の家庭での生活のように、廊下に障害物があり、それを日頃からよけることが筋力強化になるというのだ。だからあえて施設を「不親切」な作りにすることも注目されている。リハビリの分野でも、その人の残存している能力を親身になって検索し、それを伸ばしていくことが必要で、何でも手助けすることは自立を奪うことになる。医療においても、コレステロールが高いからといって、安易に薬を与えるよりも、その患者さんの生活環境に配慮し、気長に生活指導をしていくといった、まさに「治さぬも親切」な場合もある。
    教育の現場ではいかがであろうか。「教えるも"親切"、教えぬも"親切"」といった自負が教育現場にも浸透しているのであろうか。私も親として子どもの勉強をみることもあるが、子どもも答えをすぐに求めるし、私も早く終わらせたいという思いから、一番合理的な解答に導いてしまうことも経験する。授業効率を求められる学校現場において、子どもの成長や考える力を伸ばすために、簡単には「教えない」教育が親切にできているだろうか。子どもに親しく向き合っていただける教育現場を提供する義務が教育委員会にはあると思う。そもそも「親切」は、親を切るという意味ではなく「深く切なる」「切に親しくなる」(広辞苑ほか)という言葉である。新型コロナの感染が継続する世の中にあって、物理的に切に近づくことは困難ではあるが、心情としては関係する人に真に"親切"でありたい。

令和2年10月 教育委員 伊藤志門

令和2年8月

2学期を見据え

    コロナ禍の中での、8月のコラムの執筆。やはり、夏季休業を短縮した中で始まった子供たちの生活・活動に想いを寄せざるを得ません。
    本市の場合、3週間余りの夏季休業ではありますが、あの臨時休業中の、かなりの制約を受けた休業とは違い、学校生活だけでは味わうことのできない、多くの体験や経験を積んで、8月末に、元気な顔を見せてくれることを願っています。
    人は、集団を形成する中で、共に協働し感化し合いながら育っていきます。そして、その中で社会性や人間力が培われていくと考えます。
    学校現場においては、様々な活動が徐々に戻る中で、その本質を今一度考えさせられたのが、この「コロナ禍」で学んだことであり、ポストコロナへ繋げる重要な経験であったと考えます。
    あらゆる手段で、誰一人取り残すことなく、最大限の学びを保証し、学校教育でしかできない学びは何かを常に考え、教育活動を進めること。
    形骸化したものはないか、大事だと思い込んでいないか、何を残し、何を捨てるのか、遠回りと思われる学びの中にある意義、手間の意味等、学校として、多くのことを考えさせられた「コロナ禍中」であったと思います。
    まだまだ、油断はできません。コロナ対策を行う中で、熱中症対策にも留意しなければなりません。しかし、止まない雨はない。明けない夜はない。
    まもなく実りの2学期が始まります。コロナ後も見据え、精選し工夫された各校の素晴らしい教育活動の中で、たくさんの笑顔を見せてくれる大切な子供たちを、教育委員会として全力で支援していきたいと思います。

令和2年8月 教育長 久保田力

令和2年6月

新型コロナウイルス感染拡大の影響

    小鳥のさえずりが心地よい5 月半ば、本来ならば一番良い季節と思われる。が今年は、2月の初旬頃から集団感染の拡大がはじまり新型コロナウイルスの蔓延は、今や全世界に拡大発症している。楽しみにしていたゴールデンウイークも外出自粛が続く中で過ぎ去ってしまった。普段は余り見かけることがなかった親子連れの散歩やサイクリング、運動不足を自覚したのか若い学生たちと思える仲間がジョギングする光景をよく目にするようになった。また、私が勤めている職場も在宅勤務となり、一日中自宅にこもった生活を強いられている。感染を防ぐ対策として仕方ないことではあるが、普段のペースで生活ができないことは、精神的にも肉体的にもストレスが日々重なってきてしまう。
    今回、新型コロナウイルス対策でほとんど全てのスポーツ活動を自粛することの理解が全国に広まっている。春の選抜高校野球大会も中止になり、プロ野球もJリーグも延期、そして東京オリンピック・パラリンピックも来年に延期が決まり、スポーツイベントが次々と消滅している。またつい先頃、「命と安全」を最優先にということで高校総体(インターハイ)の中止、同じく全国中学校体育大会も中止が決まった。このままでは地区大会も経験できずに部活動を終えることになってしまう。上級生である3年生にとっては、一度も公式試合をやらずして終えることになるのだ。余りにもかわいそう過ぎはしないか。ここは一日も早く収束することを願い、可能であれば落ち着く秋ごろには、小規模ながらも公式の地区大会などが開催されることを期待したい。若い血気盛んな中高生時代のチャンスの舞台が確保され、活動や経験を通して生徒たちの今後の進路にも繋がるであろう活動実績が生かさ れなければならないと考える。みなさんコロナに負けず勉強も部活動も頑張ってほしい。

令和2年6月 教育委員 小林秀一

令和2年4月

「生きる力を育てる」

    新型コロナウイルスが世界中に蔓延し、感染者が110万人を超えて長期化するなか、令和2年度が始まりました。
    令和2年度の日進市学校教育課の基本方針は、家庭や地域、そして大学等との連携を図りながら、子どもたちの「確かな学力」「豊かな心」「健やかな体」の「知・徳・体」をバランス良く育てること。すなわち「生きる力」を育んでいけるよう、学校支援体制を充実させるとともに、子どもたちが"安全で安心して学ぶことができる教育環境を整備する"というものです。教育の目的は1人ひとりにあった教育を行うことで、子どもたちに「生きる力」を育てていくことです。
    そのためには、1人ひとりの子どもの良い所を10個見つけてください。そして、どんなことがあっても子どもを信じ、良い所をほめましょう。
    私は「子どもの生きる力」が深く強くなる経験をしたことがあります。若く美しい保育士が病を患い、たった10日間で旅立ってしまったのです。子どもたちや周りの人々は深い悲しみに包まれるなか、心が張り裂ける思いで見送りました。子どもたちの悲しみをどうやって受け止め、乗り越えさせることができるかと悩みました。
    そんな時、1人の同僚保育士が旅立った保育士の遺影を保育室に飾ると、子どもたちは花や折り紙、色々な作品を供えたのです。そうした行為を通して、子どもたちの心は癒されていきました。そして1つひとつの行事が終わるたびに、子どもたちは空に向かって手を振り、保育士の名前を呼びました。
    1人の保育士の旅立ちは、子どもたちに生きることの大切さを教えてくれました。今でも彼女は子どもたちや周囲の人々の心に生き続けています。命を送ることは、終わりという意味ではなく、子どもたちに命の大切さと生きる力になることを感じました。ご参考になればと思います。

令和2年4月 教育委員 成田ゆき江

令和2年2月

親の背を見て子は育つ

    子どもが「今日学校で先生に叱られた」と言った。それを聞いたその子の親は、どのようにするのでしょうか。昔(自分が子どもの頃)なら「おまえが悪いことをしたからだ」と言って、子どもを躾ける機会とする、そのような親が多かったように思う。今の時代は、「先生の暴言だ」とか「学校の対応が悪い」などと言って、自分の子どもをかばったり正当化したりする親が増えてきているように思う。
    近年マスコミから報道されたニュースを見るたびに、「どうしてこんなことが起きるんだろう」と首をかしげるような痛ましい悲しい事件が多くある。悪いと分かっていてあえて事件を起こすのか、それとも善悪の判断ができずにそういうことをしてしまうのか、本人に確かめたい気持ちになる。幼い時にどのように育ったのかつい考えさせられてしまう。
    自分の子はかわいい、誰でもそうであろうと思うし、そうでなければならないとも思う。祖父母が孫をかわいがるのとは違い、親には責任が伴っているのである。
    自分の妻は保育園に勤めていて、家でよく愚痴ることがある。その多くは、保育園での親の言い分とか考え方の不思議さである。例えば「うちの子のオムツがとれないのは先生のせいだ」とか「うちの子があの子を叩いてケガさせたのは、あの子がうちの子に嫌なことを言ったからだ」などである。保育士の言うことに耳を貸そうともせず、自分の言いたいことを一方的にぶつけてくるそうだ。
    幼い子どもに善悪の判断を求めるのは、所詮無理な話である。育っていく中で身につけていくことになる。そうなるようにするのは誰の役目か。もう言うまでもないであろう。
    躾(しつけ)という漢字は、身に美しいと書く。身(心)が美しい子どもを育てるには、周りの大人たちの身も美しくなければならない。ことわざで「親の背を見て子は育つ」とは、本当によく言ったものである。

令和2年2月 教育委員 森本直樹

令和元年12月

朝の楽しいおしごと

    今年10月、私に仕事の依頼が来た。依頼者は妻。依頼内容は、幼稚園児である我が子を8時10分に来る幼稚園バスに乗せることである。妻の過重な朝の家事労働を軽減してあげようと、軽い気持ちで引き受けたがこれが大変な仕事であった。
    まず、布団から猫なで声で子供を起こす。機嫌良く起きてくれることはまずない。一緒に布団に入ってくすぐってみたり、2回3回に分けて波状攻撃で起こしたりしながら、何とか布団から連れ出す。「おはよう」とだっこしたら着替えた自分の服も布団もびちゃびちゃになったこともある。こうなると朝のシャワーまで着いてくるのでほぼ絶望的だ。
    朝ごはんも、全く時間が読めない。こちらの気持ちが焦ると食べるスピードは落ちる。一緒に食べずに他事をしようものなら、イスからいなくなっている。何とか食べ終わったら、歯磨きと着替え、と難関が待ち受ける。ようやく、玄関まで来てバスがやってくるぞと思ったら「うんちしたい」・・・・。

    もう無理だと思ったら、バスが遅れたおかげで間に合ったり、万全を期しても最後のトイレでアウトになったりと、5回に1回はせっかく迎えに来てくれたバスにお詫びをしている。バスに乗れなかった日は、妻にもお詫びをして幼稚園まで送ってもらう。実に難しい仕事を引き受けてしまった。

    どうすればうまくいくのか分析してみた。
    まずは「準備」だ。前の晩に早く寝かせる、トイレに行って寝たかを確認する、朝ごはんに大好きなミルクココアを用意する、など細かな準備と配慮の積み重ねが成功に導く。準備をするためには、相手を知ることも重要だ。
    そして「許容」。妻がやっているのを見ると、こちらの順番に合わせるのではなく、その日その日で変化する本人の選択につき合っている。こちらのリズムではなく子どものリズムを許容し、順番にこだわらないで最終行程にむかっていた。なるほど。
    最後に大切なのは「一緒に」やること。「次はあれをしなさい」とか「今度はこれね」と指図するだけでは、いくら褒めても一向にはかどらない。お父さんも歯磨きするね、とか一緒に布団から出ようとか、同じ目線で行うとうまくいくようになった。マルチタスクのママにはできないが、この仕事に専念しているパパならできる戦略だ。

    この朝の難関事業を経験してみて、教育の現場と同じだなと思う。子どもたちの授業や行事の「準備」をし、多様で成長過程の違う子どもたちを「許容」しつつ、子どもたちと「一緒に」過ごしている教育現場の先生たちの働きは本当にすごいと思う。しかも、限られた時間の中でたくさんの行事や学習を導く働きは本当に尊い。

    そして、さも自分ですべてを成し遂げたかのように、誇らしげにバスに乗り込む我が子に手をふりながら、自分も改めて成長させてもらっているなあとつくづく思う。

令和元年12月 教育委員 伊藤志門

令和元年10月

「個性」

    小学校勤務の頃の話。
    「おはよう」「おはようございます。」
    屈託のない笑顔で爽やかな学校の一日が始まる。
    四月に入学した一年生もすっかり学校生活に慣れ、毎日を満喫し、それぞれの個性を発揮し始めている。
    「個性」と言えば、小学校の六年間、これほど心身共に急速な成長をする時期は、人の一生の中でもないと思う。
    故に、その成長の違いは、人其々であり当然の事と考える。
    「這えば立て、立てば歩めの・・・」
    決して他と較べることなく、その子の有りのままを丸ごと認める。ともすると、他と較べがちな我々大人。先が読める故についつい口が出てしまう。そして、子ども達にとって、今しか体験できない壁を排除してしまう。
    でも、子ども達は年齢差はあるものの、十分自己理解はしているようだ。
ある子が言っていた。「自分の悪いところ(整理整頓が苦手)は、いけないと分かってるよ。でも、またそれを言われると・・・」
    子ども達は彼らなりに、心の葛藤はしているようだ。
    「ゆっくり育て、かわいい我が子よ」そんなゆとりが大人には、いるのかもしれない。

    今年の五月、我が家にも燕が巣をかけた。五羽の雛が孵ったが、最後の一羽は、七月上旬になっても飛び立とうとしない。
    体は十分大人になった。
    親もしきりに巣立ちを催促するが、雛はおもむろに眼下を眺めるだけで躊躇している。そのうち、親は餌を与えるのをやめてしまった。三日後、雛の姿は巣にはなかった。
    四羽目が巣立ってから一週間後のことである。子育ては難しい。親燕もそう思ったに違いない。

    季節はいよいよ実りの秋、秋本番。日進の子ども達には多くの果実を実らせ、未来に繋がる素晴しい種を、自分のペースでゆっくりと、培ってくれることを願っている。

令和元年10月 教育長 久保田力

令和元年8月

教育委員の一年を終えて

    市の教育委員の任命を受けて、あっという間に一年余りが過ぎた。正直「教育委員会」ってどのような組織でどのようなことをするのか良く理解できていなかったことは事実である。ほぼ毎月の初めに開催される会議(定例会・臨時会)に出席、教育行政全般にわたり幅広い施策を担当するとあった。会議では、教育に関する基本方針や重要な案件についての審議、市内にある小中学校への学校訪問を行い学校の現状及び施設などを視察し、また、入学式、運動会などの行事や生涯学習に関わる事業に出席した。平成31年の2月末には、文部科学省での市町村教育委員研究協議会の研修に出席するなど慌ただしく過ぎたように思う。
    特に違いを感じたことは、最近の運動会の開催は、5・6月が主流になっているようだ。しかも暑さ対策から時間短縮となり県内はじめ隣接する学校の6割近くがお昼過ぎで終了するところも出ている。運動会本来の目的は、大勢で集まって競走や遊戯をする運動会から、日ごろの体力づくりやチームワークなどを保護者に披露する機会に変わりつつある。体育的行事の一つとして運動に親しみ連帯感や協力することを学ぶ場でもあり、参観する保護者や家族にとっては、我が子の成長を観られ楽しめる特別な機会でもある。半日で終了してしまうことにやや残念な意見も聞かれるようだ。しかし、最近の気象状況を考えると、時短化はやむを得ないところもある。熱中症対策として、空調(エアコン)設備がある教室で休憩時間をもうけるなど良い環境が整備され、また、水分補給など安全配慮も尽くされていた。 運動会の半日開催、何れにしても教職員の負担は変わらないようだ。

令和元年 8月 教育委員 小林秀一

令和元年6月

子どもの成長を考える

    子どもの成長を考えるとき、三つの要素があるのではないでしょうか。
    一つ目の要素は、子ども自らが育つ力です。この世に生命を受けたときから、子どもの持つ本来の育つ力によって、日々心と体が成長していきます。この育つ力は、一人ひとりに特徴があり、置かれた環境や経験によって強化されることや、また充分に力が育たないこともあります。しかし、子どもは常にできないことをやろうとし、日々努力して、できるようになった喜びを感じることで、自らの意思で育つ力を強化していきます。
    二つ目の要素は、家庭での教育力です。両親が社会の中で働く姿や、家庭での関わり方をお手本として、子どもは育っていきます。また、母親との信頼関係を築くことで、人との関わりの基礎が生まれます。兄弟姉妹とのふれあいを通して、やさしさや思いやりの心も育てていきます。生活リズムを整えるのも大切な家庭の教育力です。家庭の中で、子どもは多くのことを学び、成長していきます。現在は、人の価値観は様々で、家庭の教育力も多様化しています。一人ひとりの子どもの様子を見つめて、子どもが社会の中で生きていく力が育っているかを見守ってあげてください。
    三つ目の要素は、社会の教育力です。就学前の教育は、生活リズムや生活習慣を整え、お友達とのふれあいを通して、社会の中でルールを守ることや、自分を表現したり相手を信頼して、コミュニケーションが取れるようにしていきます。また、小中学校では、学習が始まり、各教科の知識を身に付けていきます。そして子どもは、先生やお友達とのふれあいや、様々な経験を通して、心身共に大きく成長します。子どもが大きくなればなるほど、社会の中での教育力が増えていきます。そして子ども自身で判断し、自分のアイデンティティ(自分であること)を確立していきます。
    人が育っていく時、決して一人だけでよく育つことはできません。多くの人との関わりが子どもを豊かに成長させてくれます。幼稚園、保育園には、父母の会、小中学校では、PTA活動があります。これらの活動は、子どもを育てるときに、家庭と園や学校が車の両輪となって、子どもの成長を支える大切な活動です。
    これからも、子どもを豊かに育てる三つの要素がそれぞれの役割を果たし、社会の教育力となっていくことを願っています。日進市で育つ子ども達の豊かな成長を願って、皆で努力していきましょう。

令和元年6月 教育委員 成田?ゆき江

平成31年4月

先生との出会い

    20年ぶりに中学校時代の担任の先生と再会する機会に恵まれました。私が在籍していた中学校は、当時、3年間クラス替えがなく、担任の先生も3年間変わらなかったので、先生とは、中学校生活の全てを共に過ごしてきました。
    お会いするまでは、同じ時間を過ごした中学校生活の思い出話を懐かしくするのであろうかと想像していました。ですが、現在校長先生となられた先生と、実際に多くお話させていただいたことは、それぞれの立場で考える教育現場の現状や教育の未来でした。
    先生と生徒という関係であった時代から、時を越え、教育に対する思いを共有し、教育に情熱をそそぐ同志と、先生に言っていただけたことは、私にとって大きな意味を持ち、これからも全力で教育に関わっていくための糧となりました。
    皆さんにとって、学校の先生とは、どのような存在でしょうか。
    その答えは、人それぞれで、むしろ、こうであるという答えはなく、様々な答えがあっていいことだと思います。出会った場所、年齢、自分の置かれている立場、または、時間をおいて再会したときなど、様々な状況によって違う答えが出てくることでしょう。
    現在高校生である娘は、この問いに対し、小学校中学校時代の担任の先生、部活の先生一人一人を思い出しながら話をし、最後に「子どもにとって、親以外で、一番身近な大人」と答えました。
    日進市には、子どもたちに懸命に向き合ってくださる先生方がたくさんいらっしゃいます。そして、子どもたちも、その思いに応えるべく、日々学び、よく考え、成長しています。その中で、時にはうまくいかないこともあるかもしれません。しかし、互いを尊重し、向き合う時間は、決して無駄な時間ではありません。小学校中学校時代の先生との出会いによって、子どもたちが明るい未来を描けるよう願っています。

平成31年4月 教育委員 藤井 美樹

平成31年2月

インフルエンザ

    インフルエンザが今年も猛威をふるっている。本年度は12月中旬から学校での流行が顕著となり始めたが、冬休みに入ったため鎮火した。そのせいか休日急病診療所は1日300人を超す事態となった。休みがあけて、児童家庭における感染のせいか保育園での流行、ついで小中学校でもインフルエンザが再燃しており、学級閉鎖の報告がファクスで舞い込んでくる。
    インフルエンザ対策としてのワクチン接種は「個人の感染予防」と「社会的な集団予防」の二面を持っている。ご存知の方も多いと思うが、かつて日本の学校では、世界でも類を見ない「集団接種の義務化」が導入されていた。学校をインフルエンザウイルス増殖の場と捉え、学童や生徒にワクチンを接種することにより、社会全体を防衛しようとするものとして1976年から法定接種となった。今考えると、膨大な費用が注ぎ込まれていたと思う。その後、予防接種による副作用を経験した前橋市医師会の「前橋レポート」の影響もあり、集団予防接種を中止する動きが全国に広がり、インフルエンザ予防接種は1994年に任意接種に切り替わった。20年を経て、このレポートの真偽は疑問視されている。が、ワクチン接種の有用性については様々な医学的検討がなされ、最近の調査では、学級閉鎖数は70年代の集団接種の頃が最も少なく、任意予防接種率が低下した時期に急増し、任意要望接種率が上昇してきた近年では抑制傾向にあるらしい。医療費抑制の面からもインフルエンザワクチン有用性は確立されているものの、集団接種の再開は非現実的である。学級閉鎖“被害”を減らすためには任意接種率の向上が必要だろう。とはいえ、現在のインフルエンザ予防接種は1回3,000円前後、2回接種の出費は家計には痛い。愛知県内では、11市町村でインフルエンザ予防接種の助成があるが、金銭面だけでなく学校において予防接種の機会を提供するなど様々な工夫も必要だ。
    と原稿を書いていたら、小一の息子が「パパ、あと2人でうちのクラスも学級閉鎖なんだよぉ~」と目をキラキラさせていた。「キミがその一人になるかもしれないよ」と思いつつ、自分もめったにならない学級閉鎖を心待ちにしていたなと昔を振り返った。

平成31年2月 伊藤 志門

平成30年12月

「転んで分かること」

黙々と寒風に耐え走る日進の子ら。

自らの成長を信じ、自問自答しながら走る若葉の時代。

そんな彼らを支え、他と較べることなく、その子に合った課題や負荷を用意し、乗り越えさせる仕掛け作りが、今、学校に求められている。

そして、教育委員会にはその条件整備が!

教育の目的は、極論すれば、

自分の古い殻を、自分で破っていく

その喜びを経験させることにある。

日に日に進歩、日に日に進化。

その日進の明日を担う子どもたちの成長に寄り沿い、子どもたちに多くの壁を乗り越えさせながら、自らの古い殻を自分で破っていく、その喜びを丁寧に体験させていきたい。

人は、失敗し転んで分かることもある。

転んで瘡蓋を作る体験をしながら、人は強くなっていく。

一度や二度の失敗は成長過程では、付き物。

大きな懐で抱きながら、少々のことではへこたれない・負けない、打たれ強い日進の子どもたちを、地域の方々と共に育てて行きたいと思う。

平成30年12月 久保田 力

平成30年10月

組織のリーダー

    今年は、日大アメフト部、レスリング協会、ボクシング連盟、体操協会、日体大陸上部、ウエイトリフティング協会と次々とパワハラなどの不祥事・トラブルが報道されている。そして、そのほとんどが個人の問題から組織の問題に発展している。トップに立つ人の対応の是非が問われている。組織のリーダーとして一生懸命に責任を果たすべく努力しているという言い分は分からないではないが、その人の周辺の人が「意見も言えない」、本人が「聞く耳を持たない」という状況があっては、如何ともしがたい。スポーツの世界では、結果がすべてなのだから、実績を上げれば上げるほどその地位は確固たるものになる。自分の思うようにするために、邪魔な人を排除したり、高圧的な言動をとったりして変貌していく。そうなるとますます近寄り難い存在になり、ボスとして周囲の人が忖度するようになる。そして、絶対的な権力者として君臨することになる。

    これらのことは、スポーツの世界のことだけだと言い切れないのではないだろうか。スポーツ以外の世界でもありうる話だと思えてくる。ひょっとすると私たちの身近な世界にもあるかもしれない。

    組織のリーダーはどうあるべきなのだろう。統率力、分析力、指導力そして行動力はもちろんのこと、他にも大切なことがあるのではないかと考えてみた。その時ふと頭をよぎったのは、30数年前にバカ売れした「気配りのすすめ」という本のことである。前述の問題を起こした組織のボスたちのリーダー力に優れたものがあると思うが、欠けていたのがこの「気配り」ではないだろうか、そんな気がしてならない。

    日進市にもいろいろな組織がある。組織のリーダー(トップ)の立場にある方は一度、自分自身のこと、自分の周辺の人たちとの関係や組織の体質などを考えていただけるといいのではと僭越ながら思う次第である。

平成30年10月 森本 直樹

平成30年8月

甲子園出場の夢かなう

    猛暑の中、夏の甲子園大会も始まり連日白球を追う熱戦が繰り広げられている。この時期になると一生懸命取り組んだ青春時代が懐かしく思えてくる。無心で投げ込んだ全力投球、「一球入魂」…。嬉しいことに今回の記念大会(第100回)に愛知県代表として甲子園に出場する教え子の監督がいる。コーチ、野球部部長を経て3年半での快挙だ。現役選手での活躍は、高校・大学と捕手一筋で内野の要として貢献する。彼の大学時代の戦績は群を抜いた輝かしいものではなかったが、その野球に取り組む姿勢と研究熱心さは同僚からも一目置かれた存在であったように思う。今思えばこの頃から将来の目標が定まっていたのだ。当然、指導者を志し時間的余裕のない中で学業と部活の両立に努力し教職課程を修めた。卒業後は、私学で教職に就き野球部の指導者となった。甲子園大会では、力まず普段通りの野球を心がけ、悔いのない試合運びで頑張ってくれることを祈っている。

    昨今、部活動指導のあり方や教員の負担の軽減が課題となっている。長時間労働解消プランで今後の目標として働き方改革を進めるとある。ブラック部活動と揶揄される現状からすると大変良いことであり努力してほしいと思う。特に、部活現場の約4割の教員が専門知識に乏しく、技術指導に自信が持てないという不安を抱えている現状を補うには、地域クラブ・地元の社会人などに外部(指導)委託を導入することも検討すべきと考える。そのためには、民間指導者の研修制度(ライセンス)や責任の所在も明確にしておかなければならないと思う。部活動廃止や縮小化される中で、部活でしか得られない教室にはないものを学ぶ貴重な教育活動を大事にしたいと思う。 

平成30年8月 小林 秀一

平成30年6月

学びの連続性

    木々の緑が日一日と色濃くなり、日進の緑のグラデーションで飾ってくれています。 平成30年4月1日より、新しい「保育所保育指針」「幼稚園教育要領」「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」の3法令が同時改訂されました。このことの大きな特徴として、下記の3点が挙げられます。 

  1. 幼稚園保育園認定こども園と3つの施設類型にかかわらず、幼児教育の共通化が示されたこと
  2. 0 ~2歳児の保育内容が充実されたこと
  3. 幼児教育において、育みたい資質能力の具体的な姿として示された「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿 (10の姿)」が示されたこと ?

    この3法令の改訂は、同時に進められている小中学校の学習指導要領と連携しています。新しい時代に必要となる資質能力の3つの柱として、(1)知識及び技能 (2)思考力、判断力、表現力等 (3)学びに向かう力、人間性等が示されました。

    これは、国が新しい時代に向けて子どもたちが身につけるべきものとして示した「生きる力」に関わるものです。 「生きる力」の育成を担うのが、学校教育です。そして教育は、何を目指すのかを社会全体で共有することや、教育の成果を社会へ説明する責任も求められています。

    一番未熟な状態で、この世に生を受ける人間を、社会の色々なセクション(両親、祖父母、兄弟、地域、学校、幼稚園、保育園等)が何を目指して教育していくのかを明確にし、新しい時代を担う力のある人を、育てていかなくてはならないと思います。日進は、子どもが多く育つ地域です。地域を挙げて、子どもの育ちを支える仕組み作りが、ますます大切になってくると思います。 

幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿

  1. 健康な心と体
  2. 自立心
  3. 協同性
  4. 道徳性、規範意識の芽生え
  5. 社会生活との関わり
  6. 思考力の芽生え
  7. 自然との関わり、生命尊重
  8. 数量や図形、標識や文字などへの関心感覚
  9. 言葉による伝え合い
  10. 豊かな感性と表現

平成30年6月 成田 ゆき江

平成30年4月

地域と一体になって

    雪の日の朝、普段はマイカーで通勤している私ですが、運転が怖いので歩いて駅に向かいました。駅に続く長い階段を恐る恐る降りて行くと、雪かきをする『見守り隊』の皆様に出会いました。ご町内の比較的ご高齢の皆様が、子どもたちが滑らないようにとスコップを持って、積もった雪を取り除く作業に励んでおられました。

    もちろん『見守り隊』の皆様の活動は、雪の日ばかりではありません。学校がある日は毎日、子どもたちの登下校を見守っていてくださいます。生き生きとした笑顔で、子どもたちと大きな声で挨拶をかわし、元気に小学校へ向かう児童達の交通指導に当たっておられます。

    社会の第一線を退いて、これからは地域のために役立ちたいという奉仕の心と、子どもを取り巻く危険な社会事情、多発する交通事故に対して、その隙間にあるニーズに見事に応えている活動だと思って敬服しています。 

    健全な子育ての環境は、家庭と学校、その外に地域社会・ご近所の協力が必要です。他人の子どもの教育に口を出せばトラブルの原因になりかねない昨今ですが、『見守り隊』のような協力の在り方は、現代社会における地域貢献の理想のように思います。 個人の権利を大切にする今の社会構造にあって、ご近所付き合いはますます難しくなっています。でも、「昔は良かった」と嘆いてみたって始まりません。昔は昔で、それなりに面倒で難しいご近所関係もありました。すべてが理想のようには進みません。

    でも、時間ができた時に地域とかかわりを持つ。地域に暮らす一人ひとりが、できることから進んで手を付けていくことこそ、子育て環境整備の第一歩だと実感させられています。そして、そこから感謝の地域コミュニティーが成熟していく。これこそ、すべての住民が参加できる地域社会の理想例だと思います。

    地域と一体になって子どもを育てていく社会づくり。そんな子育て社会を推進する教育委員会でありたいと願っています。

平成30年4月 鈴木 卓也

平成30年2月

言葉を楽しむ

    「おちゃかいにいかなくちゃ」という言葉を音で聞いたら、どのような場面を想像しますか? ある日の幼稚園のバスの中で、先生が子どもたちと話していた言葉です。直前の会話の流れを知らず、この言葉を聞いた私は、「お茶会に行かなくちゃ」と、アリスのティーパーティーのお話でも読んでいたのかな?と思ったのです。しかし、実際は、このあと買い物に行く、という意味の「お茶、買いに行かなくちゃ」だったのです。

    このように、音だけで聞くと二つの意味にとれる言葉というのは、前後の会話の流れや、言葉が発せられた状況を理解していないと、誤解を生じさせてしまうことがあります。私自身、言葉を発する機会も多いので、相手に正しく伝わるように話すことを心がけたいと思っています。

    しかし、その使い方や言葉を発する状況に気をつけ、また会話をする相手の気持ちを考えて使えば、日本語はとても表現豊かで、言葉の面白さを楽しむことができます。SNSなどでは、スタンプや、「了解」が「り」だけで伝わる時代になってきましたが、その言葉の変化も楽しみとして吸収し、なるほどと思う心の余裕を持ちたいものです。

    ある学校の給食のメニュー表に、「さいきょうやき」と書かれていたとき、小学校3年生の子どもたちは何を想像したでしょうか?大人になって、西京焼きを知ったとき、「最強」焼きではなかったんだと、友だちと笑いあえる未来であってほしいと思います。

平成30年2月 教育委員 藤井 美樹

平成29年12月

親切心

    東京工業大学名誉教授で生物学者の本川達雄先生の講演を聞いて驚きました。歯切れの良い軽妙洒脱な語り口にぐいぐい惹きこまれた 80分間の講演の最後に、沖縄民謡調に「目無い耳無い鼻も無い~♪筋肉あるけど超少ない~♪」と自作のナマコ賛歌「ナマコ天国」を朗々と歌われたのです。

    琉球大学に赴任し初めて講義することになり、講義ノートを懸命に作って講義したにもかかわらず学生の試験の結果が芳しくない。最低限覚えて欲しいところをきちんと伝えるようにしなければ学生に何も残らない、という危機感から、キーワードを織り込んだ歌を作って歌うことにしたところ、学生たちの試験の点数がぐんと上がった。とてもノリのよい琉球大学の学生たちは、歌えば寝ていた学生も目を覚まし、手拍子は来る、指笛は鳴る。手応えを感じ、どんどん曲を増やし、講義で一単元が終わるたびに講義内容に関連した歌を歌われ、今では「歌う生物学者」の異名を持たれているそうです。

    顰蹙を買っても、「覚えるには声に出して体で覚えるのが一番いい。たくさん覚えるものがあるときは覚えやすい手段を提供する。これが親切。教育には親切心が必要です。」「ノリはサバイバルの能力。ノルための教育をしなきゃ。それには歌ですよ!」と揺るぎません。 本川先生の作られた曲を幾つか聴いてみましたら、体が勝手にリズムをとり、ついつい口遊んでしまいました。こういう形で生物を学ぶことができたら、とても楽しく、また、今でも覚えているのではないかと思いました。学ぶ側の気持ちや行動原理などを鑑みて、よりふさわしく工夫する ――まさに「親切心」です。

    本川先生は、日進市で採択している光村図書の国語教科書 5年に「生き物は円柱形」という説明文を書き下ろされています。5年生の子どもたちが、歌と一緒にノリノリに楽しく読み解く姿が浮かんできます。

平成29年12月 教育委員 山田美代子

平成29年10月

教育委員の立場、役目について考えさせられた

    大学時代の友人や学校勤めになってから知り合った先生方の中で、現在県内の他市町村で教育長や教育委員をしている方が結構います。教育委員が出席する会合や私的な遊びの会などで出会った時にいろいろと話をすることで、他市町村の状況や情報等が分かる場合もありますが、たわいもない会話の中で、現状への不満と思われる発言を耳にすることがあります。例えば、「教育委員は飾り物になっている」とか「良かれと思って意見を言っても、嫌な顔をされる」とか「教育委員は事務局の言うとおりにしておればよい」といったようなことです。他市町の教育委員会のホームページを拝見すると、委員の名簿(氏名と任期)が掲載されているだけのところがほとんどであります。  

    我が日進市はどうでしょうか?『開かれた教育委員会・親しみやすい教育委員会・風通しの良い教育委員会』を目指して、委員と事務局職員がスクラムを組んで活動していこうとしています。市ホームページに委員のコメント・コラムや委員の活動報告を掲載しているのもその一つです。以前は日進市でも「教育委員は何をする人なのか」とか「教育委員はどのようなことをしているのか」というような声が多くあったという話を聞いています。でも最近はそのような声は随分減ったとのことです。日々の努力の成果が出てきているのだと思われます。

    昔の仲間にも日進市の良さを伝えていこうと思っています。   

平成29年10月 教育長職務代理者 森本直樹

平成29年8月

真夏に真冬を思う

    能登半島の沖合50キロに、舳倉島(へくらじま)という平たく小さい島があります。今から40年ほど前にこの島へ渡りました。連絡船の出る輪島に着いたのは小雪が舞う冬の夕刻。民宿の四畳半の畳部屋に一泊し、明けて港に行くと強風で波が高いから欠航になるかもと。が、待合で時間を過ごすうちに運行が決まり乗船。50トンほどの小さな連絡船は、島までの二時間あまり、荒波に木の葉のごとく揺られまくり、酒には酔うが船には酔わないと思っていた私はゲロゲロに。  

    この島は古くは季節移住でアワビ、昆布漁のときだけ人がやってきたのですが、当時は既に定住者もあり分校も建っていました。カメラを片手にうろうろしている私が珍しいのか小学生が何人か寄ってきて、「お父さんは漁師だよ」、「お兄ちゃんは輪島の高校に下宿してるよ」とか、「家の鍵はないよ、泥棒いないから」などと。めいめいの勝手な話に耳を傾けながら一緒に島を散策。島が平らなせいかやたらと風が強く、冷たい風がコートの隙間から入り込んで凍える思いでしたが、子どもたちの屈託のない笑顔や家族を語る暖かい話に触れるうち不思議と元気が湧いてきて、一緒に写真を撮ったり舟小屋に入り込んだり海猫に石を投げたりしてるうちに、一日二往復の出航時刻に。最後は前夜にパチンコで仕入れたチョコを渡して港で見えなくなるまで手を振ってもらい、図らずもこの子達とはもう一生会うことはないと思うと、船中でしばし一人感傷に浸った帰路でありました(今思えば甚だ不審者ではありましたが)。  

    この思い出は冬の出来事ではあるのに、雪が降っても風が吹いて大して気になりませんが、真夏でも学校を訪問して子どもたちが元気よく遊んでいるのを見ると、必ず私の頭の片隅にくっきりと浮かんでくるのです。子どもたちの無限の可能性、その生命力、理屈では説明できない心を元気付ける力は、いつの時代にも変わらないものと今も実感させられます。当時の写真はプリントして分校へ郵送するばかりだったのですが、ついつい送らずじまいに。今は分校も休校となり、行き場をなくした写真は書棚の奥に眠っています。あの子どもたち、今ごろ何処で何をしているのかなあ。

平成29年8月 教育長 吉橋 一典

平成29年6月

子どもに絵本の楽しさを!

    日進市では3、4カ月児健診でブックスタートがあり、絵本「くっついた」(こぐま社)を介してことばと心を通わせるひとときを持ちます。子どもが両親の声を通して、絵本やお話を聴くことは、愛を感じる時であり、小さいころに絵本やお話の楽しさを両親と共感する喜びが子どもたちの生きる力となっていきます。

    私が絵本と出合ったのは、毎月発行された講談社の金ラベルの絵本でした。「はちかつぎひめ」「安寿と厨子王」「白鳥の王子」など、発売日を待って祖母に何度も読んでもらいました。大きくなると「赤毛のアン」の翻訳で有名な村岡花子先生の絵本の授業を受ける機会があり、村岡先生が絵本を淡々と読み聞かせてくださることで、絵本の楽しさや素晴らしさを感じました。

    また、自分自身の子育てでも絵本やお話が大活躍しました。特に子どもたちが好きだったのは「番ねずみのヤカちゃん」でした。20数年が過ぎ、長女は保育の道に進み、最初に取り組んだ劇は「番ねずみのヤカちゃん」。劇の発表を見た私は、驚きと感動の気持ちでいっぱいになりました。なぜなら、私が長女に読み聞かせたと同じリズムで子どもたちが歌い、絵本のことばをイキイキと表現していたのです。親から子どもへ、そして次の世代の子どもたちへと絵本の楽しさが伝わっていたのは、大きな喜びでした。

    今年も4月23日から5月12日までは子どもの読書週間でした。日進には素晴らしい図書館があります。大いに利用し、日進で育つ子どもたちの大切な場となることを祈っています。

平成29年6月 教育委員 成田 ゆき江

平成29年4月

現場の熱気と共に

    教育委員会制度が新しくなって、総合教育会議が始まりました。整理しなくてはいけないこと、検討しなくてはいけないこと、変えていかなくてはいけないこと、市長と教育委員が一致して当たっていかなくてはいけないことが沢山あります。お互いの考えの違いを明確にすることは大切なことですが、違いから最良の方法を導き出すことが、子どもたちにとって一番大切なことです。

    毎年2回、中学校4校、小学校9校、13人の校長先生と教育委員が合同会議を持ってきました。それぞれの校長先生の個性が各学校の校風に出ていて心強く感じます。しかし、学校を訪問して授業を見て、教育現場の先生方の熱気に触れて感じることもたくさんあります。

    最近、教育支援センター(ハートフレンドにっしん)を訪問して、そこで働く若い指導員やスクールソーシャルワーカーの熱意に接して感動しました。将来を模索している多感な子どもたちに対して、待ったなしで対応しなければならないことにも、焦りを感じさせず、心のつながりを大切に取り組んでいる姿がありました。その子どもたちのために人生をかけて仕事に取り組む熱気に満ちた若い職員がいて、そこに悩みがあり、その声に耳を傾けてきました。

    意見交換を終えた時、この若い指導員達の情熱を肌で感じる教育委員会でありたいという思いを強くしました。  

    教育委員会には、ひとつひとつの問題に結論を出し、方向性を決めていく責任ある冷静さが求められます。しかし、現場が直面する悩みや、現場を包む愛情や、現場の熱気を共有したいという思いを大切にする教育委員会でありたいと願っています。 

平成29年4月 教育委員 鈴木卓也

平成29年2月

AI先生登場!

    先日、NHKのニュースで、「AI先生登場! 教育はどう変わる?」という特集を見ました。 世田谷区にある学習塾の数学の授業で、人工知能(AI)の搭載されたタブレット端末を用い、習熟度に合わせた「個別指導」が行われていました。このタブレット端末がAI先生なのですが、AI先生は、生徒の間違える傾向や解答までの時間などを分析し、中学校の数学およそ1万問のレパートリーの中から各生徒に適した問題を瞬時に出すことで、効率的な学習を可能にしていました。

    人間の講師は、勉強の指導はほとんどせず、手元のパソコン画面で、AI先生からリアルタイムで送られてくる生徒の解答状況や「手が止まっている」といった指摘、集中度合いのグラフなどをチェックし、必要に応じて生徒への声掛けをしていました。

    AI先生は、知識を習得させる力は優れていますが、意欲を喚起したり、みずから思考する力や周りの人と意見を交わしながら協力する力を育てたりすることは難しいそうで、AI時代に人間の先生が何をどう教えていくかの研究などについても番組で紹介されていました。  

    第三次AIブームのなか、ビッグデータやディープラーニングなどの言葉が飛び交い、囲碁や将棋でプロ棋士をやぶったり、医療分野でめざましい成果をあげたり、自動運転が話題になったりと、AIの進歩の速さには目を瞠るものがあります。教育分野にAIが普及する日も間近に思われます。AIと馴染む科目についてはAIの力を借りることも効果的であると思いました。

    一方で、3月に予定されている学習指導要領の改訂で明確化される「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」の視点からの人間的な学びなどは、人間の先生にしかできない教育だと思いました。

    子どもたちが未来を切り開きよりよい社会の中でよりよい人生を送ることができるよう、心豊かでたくましい「生きる力」を育んでいかねばなりません。そのためには、学校・家庭・地域・行政が手を携え、子どもたちの成長を支えていくことが必要だと思います。これはAI先生ではなしえないことです。

平成29年2月 教育委員 山田美代子

平成28年12月

違いを知る

    8歳になる姪は、1歳を迎えた頃から小学校に入学するまでをアメリカで過ごしてきました。

    1年生になった当時、日本人でありながら、日本の小学校とアメリカの学校との違いに戸惑い、日本の小学校で、私たちにとって当たり前であることを受け入れるのに時間がかかりました。

    例えば、「朝、元気よく大きな声で挨拶をしましょう」、「給食のときに、みんながそろうまで待ちましょう」など…。

    日本で生まれ日本の小学校に通ってきた私たちにとっては、疑問に思うことでもなく、先生に言われたらそのままを受け入れることが出来ます。しかし、日本とは違う当たり前が存在する国で生活して、日本の当たり前を目の当たりにすると、どうしてそうしなければいけないのか、と疑問に思うものだと、姪の話を聞き、気づきました。

    それから1年が経ち、2年生の半ばを過ぎた姪。

    何かが違うかな?と思いながらも、元気に日本の小学校に通い、順応し、小学校生活を送っています。

    まだ8歳。ですが、日本とアメリカの違いを知り、葛藤しながらも日本の学校に慣れ、自分がどうあるべきかを考え、同調するだけではなく、自分はこう思うと主張し、成長している姪を、子どもながらに私はとても尊敬しています。自分の好きな鮮やかな色の洋服は休日に、学校に行くときは控えめでとしているところも。

    当たり前が違う、ということは、当然あることで、私自身直面することもしばしばです。

    その度に思うことは、違いがあって当たり前。たとえ意に反する当たり前であっても、それを頭ごなしに否定するのではなく、自分がどう受け入れることができるのかを考えたいです。

    もちろん、法に触れたり大きく常識から外れたりするようなことは、論外ですが。

    目の前にいる人との感覚の違い、当たり前の違いに気づくからこそ、自分の考えや、行動を見つめ直し、人に対して優しくしてみようと思えるようになるのではないでしょうか。

平成28年12月 教育委員 藤井 美樹

平成28年10月

運動会~秋景

    「頑張れ~」の歓声と拍手が校庭に響き渡ります。秋は運動会(体育大会)の季節、市内の小中学校でにぎやかに繰り広げられました。

    小学校では、低学年のダンス(表現)運動から徒競走、高学年のリレー、騎馬戦、組立体操に至るまで、それぞれの体力に合わせた趣向あふれる競技が展開されました。一方中学校になると、より競技性も高くなり、動きも力強く、リズミカルになってきます。思わず見ている者側も体が動き出しそうになり、知らず知らず声も出てきます。

    スポーツはもともと競技者のものであったはずですが、同時に見ている側もとても楽しめるものになっています。スポーツの持つ原始的な表現力、人類の生への賛歌が感じられる気がします。全力で駆け抜ける児童生徒の姿に、心が揺さぶられるのは私だけではないでしょう。オリンピックはまさにそれの象徴ですね。今年は高校の体育祭にも出かけました。最も成長期にある高校生の躍動感は、圧倒的な迫力で見るものを感動させてくれました。予想以上に保護者の参観が多いのもうなずけます。

    小中高と成長していく子どもたちのすばらしい姿を、運動会を通じて目の当たりにしました。それゆえに、義務教育に携わる我々教育関係者に与えられた責務、課題の大きさを改めて認識した次第です。来年も日進の秋空に子どもたちの元気な声が大きくはじける運動会を迎えられるよう、仕事をしていきたいと感じ学校をあとにしました。   

    最後に、ご多忙の中多数参観いただいた保護者の皆様に感謝申し上げます。

平成28年10月 教育長 吉橋 一典

平成28年8月

公私混同に陥る魔の椅子

    公私混同の疑惑がもとで、舛添都知事が辞職した。退職したことにより疑惑の追及がなくなり、真相は不明のままとなった。しかし、多くの人はその疑惑が真実だったと認識したように思われる。この問題が表に出た時に、なぜ自分がしたことを素直に認めなかったのだろう。なぜきちんと謝罪しなかったのだろう。もっともらしい理由をつけて、何とか言い逃れできると考えていたのだろうか。言い訳を重ねるごとに自分の首を絞めていって、結果的にどうにもならなくなったとしか思えない。本当に無様で見苦しい退陣だったように思う。

    公私混同の話は、舛添前都知事だけに止まらない。以前には兵庫の号泣議員の件があり、最近では富山の副議長の件が報じられた。報道されていなくても、まだまだ他にもあるのではないかと思えてならない。そう思うのは自分だけであろうか。

    公金を私用に使うなんてあってはならないことである。こんなことは誰もが分かっていることである。もちろん当事者たちに問うてもそう答えるであろう。それでもそのようなことが起きてしまう(してしまう)のは、なぜだろうか。公金であるということを忘れ、自分のお金だと思ってしまうのだろうか。そういう立場になると、公私の区別がつかなくなってしまうのだろうか。特に権力が伴う立場になると、天狗になってしまうのではないだろうか。人の人格や考え方を変えてしまう魔力にとりつかれてしまったようだ。全く魔の椅子のように思えてならない。

    公金を使う人は、知事や議員等の政治家に限ったことではない。身近でいえば、市役所や学校に勤める人たちも同じである。時々公金横領というニュースが流れるように、公務員の中にも公私の区別がつかなくなった人がいることも事実である。公への奉仕者であることを忘れ、与えられた立場を特権のように思ってしまうことが、そのような過ちに繋がるのだろうと思う。まさに椅子の魔力にとりつかれたと言えよう。 公務員の仕事(役目)として、何のためにどのように公金を使うのか、しっかり考えて正しい使い方・いい使い方をしてもらいたいものである。今座っている椅子が、魔の椅子にならないことを願うばかりである。 いろいろな不祥事が報道されるたびに、我が日進市は大丈夫か、日進市で起きていなければいいなと思う自分がいる。

平成28年8月 教育長職務代理者 森本 直樹

平成28年6月

やる気と思いやりを育てる

    教育委員の活動の1つに小中学校を訪ねる学校訪問があります。この催しは、保育園を巣立った子どもたちがどのように成長しているのかが見られるので、とても楽しみにしています。

    先日訪れた梨の木小学校の校舎は、高台で見晴らしのいい場所にあり、中庭には日進市の地形を形どった池があり、ショウブが美しく咲いていました。教室は開放的で1年生から6年生まで落ち着いて学習活動に取り組んでいる様子が見受けられました。教科によっては、黒板の方を向いて授業を受けるだけではなく、児童同士小グループでディスカッションをし、たくさんの児童が手をあげて自分の意見をしっかりと述べていました。

    校長室で背が高い男子児童が迎えに来てくれました。よく見ると小さいころに保育園で過ごした子どもでした。園では、元気が良すぎるぐらいのやんちゃな子どもでしたが、6年生の彼は、しっかりと落ち着いた話し方で、その成長した姿に驚くと共に大変うれしく思いました。先生からもクラスのリーダーとして活躍していることを伺いました。

    そのほかにも運動会の表紙になった素晴らしい絵を描いた児童や児童会活動に取り組んでいる児童たちなど思いがけず、うれしい再会をしました。

    今年、参加した市町村の教育委員研究協議会の研修では、子どもたちが社会を担うことが出来る人になるためにどんな教育をしたらいいのか。まずは、すべての子どもたちに質の高い幼児教育を目指そうということで、下記の表が提示されました。

幼児教育
  プログラム型
(知識を中心に育てる)
子ども中心型
(自らの遊びの中で学ぶ)
(1)知的能力 5歳児のIQ 7歳児の学力(CAT) 15歳児の知的能力(APL) 104 100 15.1 92 106 18.4
(2)非行(15歳時点) 薬物破損 薬物乱用 1.72 3.17 0.39 1.89
(3)犯罪(23歳時点) 平均逮捕回数 重大犯罪による逮捕歴があるものの割合 3.2 48% 1.3 17%
(4)結婚(23歳時点)既婚者の割合 0% 18%
(5)社会的行動・態度(15歳時点)
  • 家族は自分のことを余りかまってくれない
  • スポーツに参加しない
  • 最近、本を読んだ
  • 学校での委員や係に選ばれたことがある
33% 56% 31% 0% 6% 28% 59% 33%

出典:「幼児教育への国際的視座」(ディヴィッドP・ワイカート著)

東信堂 プログラム型とは、子どもに教科を教えるように知識を中心に育てるカリキュラムです。子ども中心型は子どもの興味を大切にし、自ら遊びの中で学ぶカリキュラムで育てる方法です。5歳児のIQは、プログラム型の子どもが104、子ども中心型が92でプログラム型が高くなっています。

しかし、7歳になると学力の数値は逆転します。15歳になると知的能力も遊びの中で学ぶ保育を受けた子どものほうが優位になります。そして、非行、犯罪、結婚、社会的行動や態度等も表に示されたとおりの発達になっていきます。

この結果を見てもわかるように、これからの幼児教育は知識を教え込むのではなく、子どもが自ら遊びを見つけ、その中で考えたり、感じたりすることが大切になってくることを表しています。

つまりは先生の言うことを良く聞く「よい子」ではなく、自分の思っていることをはっきり表現できる子どもを育てなければならないことを再認識しました。

これからも幼、保、小、中の関係者がますます連携し、日進市で育つ子どもたちが社会を担うたくましい人間に育つよう、願っています。

平成28年6月 教育委員 成田 ゆき江

思いやりの心を育てる

(画像)教科書引用

    これは、東京書籍発行の『新しい社会』6年生用の教科書に載っている文章です。全国の小学校で広く使われている社会科の教科書です。

    AHIは、アジア各地で医療を受けることができない地域や、衛生環境が悪い地域の人々の健康を守るための人材を育てる働きを続けているNGOで、必要なお金のほぼすべてを、寄付金でまかなって運営しています。米野木町の愛知牧場の隣にあります。 今、学校での「いじめ」が社会問題になっています。当然のことですが、「いじめ」は学校に限ったことではありません。職場や、地域や、家庭にだって、社会のあらゆる集団の中に起こり得ることです。日進市でも、新しく立ち上げた総合教育会議の中で、「いじめ防止等基本方針」を作成し、家庭、地域、市、学校が一体となって取り組む体制を整えています。その中で一番大切なことは、「ささいな兆候を見逃さず丁寧に対応して行く」ことですが、その前に、人と人との関係において「思いやる心を育てる教育」の中に解決の道を見出していかなくてはなりません。

    生活面において実施された調査によると、「人の気持ちが分かる人間になりたい」「人の役に立つ人間になりたい」と考えている児童・生徒の割合が、日進市は際立って多いという報告を受けています。地域の中に良いお手本があり、それを目指す人々がこの街に集まって来るということは素晴らしい社会教育環境だと思います。社会の中で生きる「人」としての思いやりが育っているということは、「豊かな社会性を身に付けた教育」が成果を上げている結果だと思います。家庭が、地域が、行政が、そして学校が一体になって育んできた「人間教育」の成果ではないでしょうか。この子供たちが持つ豊かさを大切に守っていくことこそ、わたしたちの任務だと思います。

    これからの日進を支えてくれる若者が、学校の中で、日進市の中で、日本の中で、そして世界に出て行って、社会に役立つ人間を目指してほしいと願ってやみません。

    子供たちが社会に役立つ働きを目指す時、わたしたちのふるさと日進が「日本を代表するNGO(国際協力団体)を生んだ街」だということを、「教科書にも載っている街」だということを、誇りに思って成長してほしいと願っています。

平成28年4月 教育委員 鈴木 卓也

平成28年2月

公民教育の原点──カンボジア特別法廷を傍聴して

    40年も前のポル・ポト政権幹部を裁く特別法廷が、現在カンボジアで開かれていることを、私は知りませんでした。

    1975年4月から1979年1月にかけカンボジアの政権を握ったクメール・ルージュ(ポル・ポト派)は、原始共産主義社会の実現を目指して自国民を農村に強制移住のうえ強制労働させ、また大規模な粛清を行いました。その結果、全人口の約4分の1にあたる170万人から200万人が、飢えや拷問、虐殺などで亡くなりました。

    その責任を問う特別法廷は、カンボジアの内戦が終結した90年代後半にカンボジア政府から国連に協力が要請され、2006年にようやく、カンボジア国内刑法と国際法の双方を適用しカンボジア人と外国人の裁判官と検察官が共同で裁判にあたる「国際水準の国内裁判」という形態で始まったそうです。被害者参加制度が設けられ民事当事者約4000人、膨大な量の証拠や資料のため、長期化しているとのことでした。

    私は、昨年の夏、短時間ではありましたが、この裁判を傍聴する機会をいただきました。

    法廷に入る前にまず驚いたのは、裁判所の敷地内の休憩所の様子でした。夏休みということもありましたが、子ども会のような親子連れが何十人と食事を摂っていました。また、別の部屋では農民のような人たちがやはり何十人と休憩していました。

    法廷の様子にも驚かされました。大ホールの客席のような傍聴席の前方に防弾ガラスで仕切られた法廷があり、その防弾ガラスの向こうで現在進行形で行われている審理が、クメール語、英語、フランス語で同時通訳されています。この傍聴席は482席あるそうですが、ここにもたくさんの一般の人々がいました。

    一日平均450人の傍聴者、延べ20万人以上の人々の法廷傍聴──平均年齢24.5歳(2015年)、ポル・ポト政権崩壊後に生まれた世代が人口の70%以上を占め、事実・歴史が風化していく中で、難解な裁判を身近に感じてもらうために行われた様々なアウトリーチ活動の成果だそうです。

    50人以上の傍聴希望者のある村々への無料送迎バス、法廷と虐殺博物館とキリング・フィールドを見学する無料送迎バスツアー、地方での青空映写会、高校や大学への出前講義、独自のラジオ番組の放送、公判を生中継するビデオストリーミング…。こうした地道な仕掛けにより、特別法廷が、同民族内での大虐殺という歴史を清算して犠牲者や遺族に正義をもたらし国民和解を促し平和を構築する、新たな国の統合を図るのに役立っています。

    公民教育─国民としての誇りを持ち,国づくりやまちづくりに主体的に参加する人材の育成─の原点を見た思いがしました。18歳選挙権の始まる今、これまでの歴史を踏まえ,現状を適切に理解し,未来に向けて課題を解決していく公民としての資質が必要となります。学校教育だけではなく、家庭、地域、行政の地道な公民教育の仕掛けも必要であると思います。

平成28年2月 教育委員 山田美代子

平成27年12月

感じる心、共感の力

    幼い頃より、私のそばには常に音楽というものがありました。ピアノを習わせてもらい、地元の合唱団で歌っていた父の歌声を聴き、時には父と一緒にステージに立たせてもらうこともありました。祖母は三味線に大正琴に民謡と多趣味で、よく練習を聴いていたものです。

    学生時代は、合唱団で、明けても暮れても歌い、仲間とともに、より良い歌にするために…と語り合ったことは今でも大切な思い出です。先日、合唱団で大切に歌ってきた曲を我が子が学校で歌い、当時の友人と、同じ曲を歌うことになるとは…と、時の流れと曲の持つエネルギーに引き寄せられたのだと、ともに感激したところです。

    そして、今では、自分も歌いながら、子どもたちのピアノを弾き、中学校の部活で頑張っている、娘のフルートを楽しく聴かせてもらう毎日であります。 その中で、私はいつのときでも、心が震えるような感動を経験し、その度に、また次も大きな感動に出会えることを楽しみにしているのです。特に合唱は、自分が歌っていても、聴く側であっても、声と声が重なっていくときのなんとも言えない感動が心に響き、温かい気持ちであふれていきます。

    そして、この感動や心の動きは、自分一人だけでなく、まわりにいる人と共有することで、より大きくなるものです。 素敵な音楽を一緒に聴いて素晴らしいと感じること、音楽に限らず何かを一緒に成し遂げたときの達成感、花壇に咲く花を「美しいね」と一緒に思う気持ちが、多くの人の心に残ってほしいと思います。

    今の時代、日々の忙しさの中では、なかなか感じることが出来ないことも常であり、また、テレビや新聞を見ると、目をそらし、耳をふさぎたくなるようなニュースが報道され、悲しい気持ちに押しつぶされ、余裕がないこともあることでしょう。

    ですが、そんな世の中でも心に響く感動が生まれ、それを感じることが出来ることに感謝をし、この先も多くの人たちの心が温かい心で満たされて欲しいと思うばかりです。  

    先日、祖父の3回忌の法要の際に、ある言葉を聞きました。  

人に出会うときは春のように温かい心で
仕事のときは夏のように熱い心で
考えるときは秋のように澄んだ心で
自分を責めるときは冬のように厳しい心で
(詠み人知らず)  

多くの方々の心にこの言葉が届くことを願ってやみません。   

平成27年12月 教育委員 藤井 美樹

平成27年10月

我が人生の故郷、日進

    「相野山小学校へ行ってくれ!」~当時の日進町役場へ就職した私が、初日に上司からかけられた言葉でした。市外から通っている私は地名が分からず、何処へ向かっていいのやら右往左往、何も知らない自分を情けなく思った覚えがあります。

    以来30数年の時が過ぎ、今では日進で一日の大半を過ごし、日進でお酒も飲み愚痴も言い、日進で多くの人たちと知り合うことができて…。ようやく、日進人の仲間に入れてもらったのかなあ、と思っています。

    生まれ育った場所が故郷の原点ならば、学生時代を過ごした切ない思い出の地は心の故郷、そして、仕事で人生の大半を過ごした日進は、我が人生の故郷と言えるかもしれません。

    人生の故郷、日進は、開発と保全の狭間で大きく様変わりしました。田んぼの風景が広がっていた日進駅前、飛行場のように長く伸びていた153号線バイパス用地、鹿の目撃情報が寄せられた香久山の丘陵地、遠く過ぎ去った日々の様子が今でもまざまざと脳裏に浮かんできます。そして、全て先人たちの知恵と努力の結実として今の魅力ある日進に変貌しました。

    私は、縁あって再び日進で働かせていただける身となりました。この地で日々を過ごせることを素直に喜んでいます。まだまだ本当の日進人になるのは時間がかかるかもしれませんが、我が人生の故郷、日進に向かって毎朝、車のハンドルを握っています。

平成27年10月 教育長 吉橋 一典

平成27年8月

「愛・地球博」から10年

    愛・地球博」が開幕をして今年で10周年となりました。お隣の長久手市にメーン会場があったこともあり、市民の皆さんの中には、何回も訪れ様々な楽しい思い出のある方もおありかと思います。私が万博開場を訪れたのは、延べ100回近くとなりましたが、観覧したパビリオンやイベントは、ほぼ皆無という変わった経験の持ち主であります。実は当時、市の万博担当をしておりまして、日進市のイベントを開催したり、縁あって市が交流やお世話をすることとなった「パラオ共和国」や「バングラディシュ人民共和国」のパビリオンのお手伝い、両国の要人警護やイベント等の支援をさせて頂いておりました。先日、そうした仕事に携わった市町村の担当者や県職員の皆さんと、この10年を記念して再会する機会がありました。万博を契機に長い付き合いとなった仲間はもとより、閉幕以来の方々とも旧交を温め懐かしく楽しい時間を過ごすことが出来ました。

    こうして私にとっては、本当に思い出深い「愛・地球博」ではありますが、今、市内の小中学校に通う大半の子供たちにとっては、残念ながら年齢的にも記憶に無いイベントであったと思います。でも、この子供たちには、2020年「東京オリンピック・パラリンピック」があります。テレビ観戦だけではなく、開場へ出向いての熱い応援、いやいや選手として出場しメダルを手にしているかもしれません。夢や期待は膨らむばかりであります。現状、新国立競技場整備計画の迷走によりマイナスイメージが先行してしまいましたが、「愛・地球博」も会場予定地の自然環境問題で紆余曲折があり、開催も危ぶまれた難局を市民の知恵と協働により乗り越え、まさに「自然の叡智(えいち)」をテーマとした万博に変貌を遂げ成功することができました。5年後の間近に迫った「東京オリンピック・パラリンピック」が、子供たちに勇気と感動をもたらし、生涯記憶に残る素晴らしいオリンピックとなるよう願ってやみません。

 平成27年8月 教育長 青山 雅道

平成27年6月

親の役目、学校の役目

    躾(しつけ)という字は、身に美しいと書きます。辞書には「子どもなどに礼儀作法を教えて身につけさせること。」とあります。つまり、人として身を美しくするということです。「これは誰の役目でしょうか?」と問えば、きっとほとんどの人が「その子をこの世に送り出した人、つまり親の役目だ。」と答えるのではないでしょうか。私もそう思います。

    子どもが一人前の大人になるまでに身につけることは、たくさんあります。そうなるまでの保護者は親ですので、責任は親にあります。しかし、躾は家庭でできることとできないことがあります。

    幼い子どもは確かにかわいいです。「かわいい、かわいい」だけでは、子どもは育ちません。家庭での子育ての中心は、個(人)としての基本的生活習慣を身につけさせることでありましょう。幼い時にそれを自然に身につけさせるには、親がその手本を示し、子が親の真似をするという形がいいのではないかと思います。「忙しいから」とか「面倒だから」というのは問題外です。子育てから逃げていると言われても仕方ありません。

    基本的生活習慣を身につけ、自分のことが自分でできるようになると、次は社会性の育成です。つまり、人との関係づくりであります。家族以外の人とどう関わっていくかを学んで実践(経験)することです。これは家庭ではできません。

    保育園・幼稚園や学校という集団生活の中で身につけていくことになります。最初からうまくできる子は少ないでしょう。そこで叱ったりして子どもを委縮させてしまっては何にもなりません。いろいろな経験を通して子どもは学び、育っていくものです。親は子どもの応援団とか相談役といった立場になっていくのです。

    親と子がいがみ合って傷つけたり殺したりするという、悲惨で痛ましいニュースが報道されます。当事者の親子関係はどうなっていたのだろうと考えさせられてしまいます。「子は親の宝」であるならば、そのような事件は起きないと思うのです。

    学校は、そのような宝である子どもたちが通ってきます。一人一人みんな成育歴は違うし、家庭環境も違います。そのような子どもたちを教え・育て、その子に合った方向に導くことが、学校の役目であると思います。集団生活を送る中で、その子をどう活かしていくかが使命だと思うのです。学校は、授業を通して、またいろいろな教育活動を通して、その子の人間性を育む場であります。

    親も学校(教師)も、その子が立派に成長することを願っていることは共通していると思います。ともに手を取り合う姿こそ、子どもの成長(幸せ)に繋がる道標になるのではないでしょうか。

平成27年6月 教育委員長職務代理者 森本 直樹

平成27年4月

子どもと自然

    先日、日進市と友好自治体提携した志摩市へ行ってきました。志摩市は三重県南部に位置する人口五万余名の市で、志摩郡に属していた五町が合併し平成16年に誕生しました。志摩市は周囲を海に囲まれ全域が伊勢志摩国立公園となっています。海はリアス式海岸で、穏やかな海は豊かな海の幸がとれ、自然とのふれあいの場としても大変恵まれている地域です。

     しかし日進市と異なり人口が年々減少しており、今後は観光事業に力を入れる施策と伺いました。子どもにとって小さい頃に自然とふれあい、五感を通して自然の楽しさや厳しさなどを感じておく事がとても大切だと思います。現代の子ども達は早い時期からIT社会と触れ合わなければなりません。小さい頃にどろんこ遊びや自然体験を幅広くしておかないと、現実世界とバーチャル世界の違いが分からなくなってしまいます。この点からも小学校で行われている野外活動も貴重な経験だと思います。

    志摩市では年間三千名の学生が志摩の自然体験に参加しているそうです。日進市も自然にまだまだ恵まれているものの、年々戸外で自由に遊ぶ事は少なくなっていると思います。志摩市でも身近に素晴らしい自然があっても、子ども達がそこで遊ぶ事は少ないとも伺いました。

    これからは、学校や家族が子ども達と共に自然体験を共有する事が大切だと思います。志摩で体験できるシーカヤック、シュノーケル体験、海ほたる観察、自然染め、シェルクラフト体験等は、子どもの心と体を力強く育てる素晴らしい体験だと思います。日進市と志摩市がこれからも交流をする事で子ども達が豊かに成長できる事を期待して志摩市を後にしました。

平成27年4月 教育委員 成田ゆき江

平成27年2月

旅先にて その2

    昨秋、長崎の「軍艦島 (正式名は端島(はしま)」を訪れる機会がありました。

    大正時代から「軍艦島」は良質の石炭を産出して日本の近代化を支え、また第二次世界大戦後も、エネルギー供給の面から 日本の復興と高度成長に貢献してきました。

    昭和30年代中期、ピーク時は 炭鉱で働く労働者とその家族を含めて5,300人弱の人口を擁し、その人々がわずか6.3ヘクタール(約19,000坪)の限られたスペースで生活していたといいます。 そこで、人口密度は東京都特別区内の約 9倍で、当時“世界一”でした。

    その後、世界的なエネルギー事情の変革と共にその存在価値が低下し、ついに昭和 49年に炭鉱は閉山に至りました。居住者が島を去った後は、長らく“無人島”となり、今世紀に入って所有する企業から 島が地元自治体に無償譲渡された後、平成20年頃より観光資源として注目を浴びる様になってきた事は、御存知の方も多いと思います。

    現在、同島へは複数の海運会社から遊覧船が出ており、長崎港からの所要時間は約 50分程です。

    しかし、島への上陸が許可される気象条件は非常に厳しく海が穏やかでないと、島の桟橋に接岸できず、約 7割の乗船客は島を目前にして沖合からの景観のみを土産話に引き返さざるを得なくなるそうです。

    私の訪問当日は、日頃の行いの良さもあって (笑)“無風快晴”で無事に上陸し、ボランティアガイドさんの説明を聞きつつ、決められた順路を回りました。

    沖合からの景観と、上陸して目の前で見るのとでは、“大違い”でした。あの有名なビル群 (大正時代に建設された“日本最古の鉄筋コンクリート高層住宅”)、廃鉱、風化したコンクリート・レンガ等瓦礫の山、樹木がほとんど無い唯一の丘で重量感溢れる壮大な景観に、私は言葉もありませんでした。そういった景観と共に、人々の生活を感じさせるものもありました。

    生活の場である高層アパート群、病院、お寺 (墓地は隣の島)、そして娯楽の少ない離島では夏季の貴重な楽しみであったであろうプール、等々。また、商店街や郵便局、小規模ながらパチンコホールもあったそうです。そして、学校の校舎・運動場や、保育園もありました。小中学校校舎は7階建ての共同高層ビル、保育園は高層アパートの屋上に園舎と遊具が設置されていたとの事です。学校の運動会は、島を挙げての“大イベント”だったそうです。ガイドさんの話によれば、特に炭鉱での労働環境は厳しかったそうです。島から立坑が地下 (海底下)1,000メートル以上に延び、さらにその底部から2~3キロ四方にわたって掘られた坑道(横坑)は常時“高温多湿”。作業後は、作業着のまま入浴する習慣があり、すぐにお湯が汗と粉塵で真っ黒になる程だったそうです。しかし、家族を持つ労働者達は厳しさや制約・危険もある中で、生活の維持・向上はもちろん、我が子を本土の高校や大学に行かせるという夢を叶える為、一生懸命に働いたといいます。

    この島で必死に働いていた我々の先輩達、一緒に暮らしていた家族、皆それぞれの夢を持ち、活気に満ちた日常があり、それぞれの普通の幸せな生活があった事。第一印象で衝撃を受けた景観の背後に厳然と存在する、そんな物語に私は観光気分もどこへやら、深い感動を覚え、身の引き締まる思いで島を後にしました。島から遠ざかる船上から「軍艦島」を振り返ると、古びたビル群が 往路とは違って見えました。無機質な感じから変わり、何かを訴える“生き物”であるかの様に。  

    日本の近代化時代の象徴の一つとして、この島の「世界遺産」への登録運動が、年々活発になっています。現在 同島内の建造物の風化・劣化・倒壊が進行しており、早急に保存・維持対策が必要であり、早期の登録が待望されています。

平成27年2月 教育委員 坂井陽二

平成26年12月

イクメンの勧め

    日進市に住んで36年になります。この街で二人の子どもを育ててきました。長女が小学校に入った28年前、保護者参観日へ行ったら、驚いたことに参加した父親は全校で私一人でした。それでもメゲずに出席し続けていたら、次女が6年生になった8年後には、随分たくさんのお父さんがいて心強く感じました。今、保護者参観日や学校開放日には、驚くほどたくさんのお父さんが来てくださいます。確実に時代が変わってきていることを感じます。もちろん体育祭にも多くのお父さんがお越しくださいますし、学校によっては「おやじの会」という協力組織もあって、お父さんたちが学校運営に積極的に参加してくださっています。

    私は、保護者と先生が話し合う個人面談にも、可能な限り妻と二人で出席しました。それは、この子にとって家庭教育の責任者は妻と私の二人だという思いと、一年に二回しかない学校教育の責任者との情報交換、意見交換の場に、家庭教育の責任者が欠席してはいけないという思いがあったからです。私は当時、会社勤めをしていましたので、どうしても都合がつかない時には日程を変更してもらって出席しました。

    学校教育と家庭教育は車の両輪のようなもので、両方が連携して機能しないと子どもの教育はうまくいかないと思っています。その両方の責任者が担任教師と保護者だと考えています。学校教育の責任者と家庭教育の責任者が、情報を共有し、理解し合い、信頼関係を築いた上で子どもに接していくことは、子どもの成長にとって何より大切なことだと思うのです。

    女性の社会進出が進む中、育児を夫婦が分担する社会になってきました。イクメンがトレンディーになっています。親が男女の別なく子供の教育にかかわる時代がやってきました。主夫を実践するお父さんだっています。そんな背景もあってか、お父さんが学校にお越しになる機会が確実に多くなってきていると感じ、喜んでいます。多感な成長期にあって子どもが嫌がることもあるかと思いますが、親が真剣に子どもにかかわろうとする姿は通じるものと信じています。

    どうか日進市で子育てをしているお父さんも、様々な機会を通して学校にお出かけください。子どもの教育に参加するというより、あなた自身が子どもの教育の責任者なのですから。様々な環境や都合によって参加できない保護者の皆様もいらっしゃると思います。でも、何かの機会を見つけてお越しいただきたいと願っています。また私達も、お越しいただく機会を積極的に準備して、開かれた学校を目指していきます。オシャレなお父さんがたくさん来てくだされば、子どもたちの学ぶ意欲も旺盛になってくると思います。多くの保護者の皆様や地域の皆様に参加していただいて、日本一住みやすい街で、日本一の子育て環境を、皆様と共に作り上げていきたいと願っています。  

平成26年12月 教育委員長 鈴木卓也

平成26年9月

君が僕の息子について教えてくれたこと

    先日、 NHKの「君が僕の息子について教えてくれたこと」という特集を見ました。

    日本の自閉症の若者・東田直樹さんが、8 年前13歳の頃に書いた『自閉症の僕が跳びはねる理由』というエッセイ集が、『The Reason I Jump』というタイトルで世界20か国以上で翻訳され、各国で異例のベストセラーとなり、自閉症の子どもを持つ世界の多くの家族の救いとなっているそうです。

    英訳したのは、アイルランド在住の著名な作家デイヴィッド・ミッチェル氏。重度の自閉症の息子が何を考えているのかわからず子育てに半ば絶望していたころ、直樹さんの本に出会い、息子がなぜ床に頭を打ちつけるのか、なぜ奇声を発するのか、その答えを、直樹さんの言葉を借りて息子さんが語っているような思いがしたそうです。そして、自閉症の子を持つ世界の家族に向けてこのエッセイの存在を知らせ、自閉症者への誤解を正そうと動き出したのです。  

    「どうして上手く会話できないのですか?」 ―「話したいことは話せず、関係のない言葉は、どんどん勝手に口から出てしまうからです。」「僕たちは、自分の体さえ自分の思い通りにならなくて、じっとしていることも、言われた通りに動くこともできず、まるで不良品のロボットを運転しているようなものです。」  (『自閉症の僕が跳びはねる理由』より)  

    日常会話もままならない彼の内面に、繊細な瑞々しい感情があり、それをパソコンや文字盤を用いて表現することができるという現実は、衝撃的でした。 MRI検査によると、彼の脳は、言葉を話す役目を負うブローカ野と言語を理解するウェルニッケ野をつなぐ弓状束に異常が見られその伝達がうまく機能していない。しかし、他人の意図を読み取る右脳の一部分の体積は、健常者より大きいのだそうです。

    反応のない息子の気持ちを知るために、様々な方法を試した母親の美紀さんが、直樹さんが文字に強い興味を示すことに着目し、孤独でコツコツとした練習を積み重ねて、筆談や文字盤を使っての意思疎通ができるまでになったのです。  

    「どんなものが怖いですか?」 ―「人の視線が怖いです。人はいつも刺すような視線で見ます。」「何時が一番幸せな瞬間ですか?」―「昔は自然と一体化した時間が幸せでした。今は、家族で笑っている時や僕の本を読んだ人たちから感想をいただけるときが幸せです。」 (ミッチェル氏との面談のやりとりより) 「僕のために誰も犠牲になっていないと子ども時代の僕に思わせてくれたのが僕の家族のすごいところです。」(ミッチェル氏との面談後の随想より)

    直樹さんの絞り出すような発語は、私の心を揺さぶり、番組を見ている間涙が止まりませんでした。皆がそれぞれの思いを抱えて一生懸命生きているのだということに改めて気づかされ、人生や他者への思いが一変しました。直樹さんには既に 10冊以上の著書があり、テレビ等でもたびたび取り上げられ、講演活動なども行われているにも関わらず、私は今回のNHK特集の再放送で初めて直樹さんのことを知りました。この出会いにも深く感謝しています。

平成26年9月 教育委員 山田美代子

平成26年7月

「夢と希望と喜び」

    現在、日進市の8小学校区に家庭教育推進委員会(通称家推)があり、PTAや区など地域の皆さんと連携や交流を図るなかで様々な事業を展開し、家庭・学校・地域が一体となって子育てを応援していただいております。

    この家推から3月に発行されます情報誌「かてい」に、毎年、言葉を寄せさせていただいておりますが、今年は以下の内容を載せていただきました。

    日進市は今年の10月で市制施行20周年を迎えますが、市制施行当時の人口は約5万5千人、そして現在は約8万6千人を数えております。この増加は、主に毎年1千人前後の出生と5千人前後の転入される方々によるものであります。

    実は、私も名古屋市から当時の日進町へ30数年前に家族5人で転入してきた一人であります。父親はいわゆる転勤族で、退職を機に住まいを求めたこの日進への引越しが丁度10回目となり、結果、相次ぐ転校となり、小学校4校、中学校2校を経験することとなりました。

    今思い返しますと、母親は引っ越した先々で「子ども会」や「友の会」(近所のお母さんたちがお菓子作りや手芸等を習う集まり)の活動に、私たち兄弟3人を連れて積極的に参加しておりました。おかげで、転居先で孤独感や疎外感を抱くことなく、同級生はもとより地域の人とも直ぐに顔見知りになることができたと思っています。

    日進市においては、他の市町に誇れる家庭教育推進委員会があり、各地域の特性を活かした魅力ある活動を展開いただいております。本当に日進市の子どもたちは幸せであり、これから移り住む方々にとりましても心強い限りです。

    さて、前述の小学校4校の記憶も徐々に薄れてしまう中、皆さんもそうかもしれませんが校歌だけは不思議と良く覚えており、1年生から2年生の途中まで通いました釧路市の大楽毛(おたのしけ)小学校の校歌「海は僕らに謳うのだ、波が私に話すのだ、広い世界の僕たちは、夢と希望と喜びの、郷土の星になるように」は、今でも空で歌うことができます。

    この校歌のように、日進の子どもたちが将来へ「夢と希望と喜び」を抱き、個々に個性豊かに輝く「郷土の星」となれるよう、皆さんと共に見守り育むことができればと心より願っております。

平成26年7月 教育長 青山 雅道

平成26年4月

オリンピックに思う

    2月中旬から下旬にかけて、ソチオリンピックのテレビ中継を見て、いろいろなことを考えさせられた。

    一つ目は、マスコミの影響の大きさについてである。

    オリンピックの精神は、「参加することに意義がある」であったはず。世界の一流選手たちと競う場で、自己ベストが出せた・満足のいく演技ができたという選手が称賛されるべきではないかと思うことが何度かあった。報道では結果(順位)がすべてであったように思われる。確かにメダルを取った選手は立派である。メダリストを集中的に報道するのは当然のことであろう。しかしその陰で、メダルは取れなかったけれどベストを尽くした選手たちに対しては、マスコミの対応は意外に冷ややかであったように思われる。遠く離れた国で行われる競技を日本で見られるのはマスコミのおかげであるが、その報道の仕方について疑問符をつけるのは私だけであろうか。

    二つ目は、仕事と重なる点についてである。

    オリンピックのモットーとして、「より速く、より高く、より強く」という標語がある。どんな職業でも仕事をする上での基本的なことに当てはまるように思われる。どういうことかと言うと、「より速く」は仕事の速さと報告や連絡の迅速さであり、「より高く」は常に高い目標を立てて積極的に物事に挑戦する姿勢であり、「より強く」は何事にも打ち勝つ強い精神力・競争相手に負けない強い力を示し、責任を他に転嫁せず自分自身を律することであるということではないかと思う。異論はあるかもしれないが、私はそのように思う。

    三つ目は、子どもの育成についてである。

    2020年に東京でオリンピックの開催が決定した。それに向けて選手の育成が各競技団体の課題となるであろう。一流選手の多くは、幼い時からお金と時間をかけてその競技に取り組んでいる。それがその子にとって幸せなことかどうかは別問題として、取り組んでいるすべての子がオリンピックに出場できるわけがない。結果的に大成しなかったり途中で挫折したりした子がどうなっていくのか気になってくる。いらぬ心配かもしれないが、子どもたちの健全育成を考える立場の一人として、ついそのように思ってしまう。 オリンピックに限らず、いろいろなスポーツ番組を見ることが大好きで、頑張っている選手たちの姿を見ていると、競技から離れていろいろ考えてしまう自分がいる。  

平成26年4月 教育委員 森本直樹  

平成26年2月

小学校へ入るまでに

    日進市は、出生率の高い県内でも珍しい地域です。

    日進市で生を受けた子は「心のふるさと日進」という思いで、成長していきます。

    4月に入学を控えたご家庭も多いことでしょう。「早く小学校に行きたい!」「小学校に入ってやっていかれるかしら?」と期待と不安で一杯の事と思います。小学校生活は、子ども達にとって「勉強する」と共に「友達をつくる」「先生を信頼する」事で楽しく過ごすことができます。その為には、小学校に入る前に次の様な事に気をつけましょう。

“子どものよい所を見つけ認めてあげ、お父さんお母さんとの信頼関係を作りましょう”

信頼の心は、お友達づくりや先生への信頼関係の基礎になります。

“心の発達の為には、体を動かしての感覚をみがき、自然とふれあい、五感を育てましょう”

このやる気が、知的な働きの意欲にもつながっていきます。

“子どもをマッサージしましょう”

    スキンシップ、マッサージをすると子どもの脳からオキシトシンというホルモンが出るそうです。オキシトシンは脳の扁桃体で働いて、信頼関係や愛情関係を深め、コミュニケーションの力を促進させます。落ちつきのない子にも症状を軽くする効果が実証されています。オキシトシンを脳に一杯だしてあげると、脳の神経回路が変わります。

    そして一度形成された神経回路はあまり変化しません。ですから大人になっても、学習能力が高くストレスにも強い脳になるのです。スキンシップ、マッサージを一杯して、オキシトシンを出してあげることは、その子の一生の宝になるのです。

    平成24年度に小学校での暴力事件は8426件あったそうです。

    これは10年前の6倍に増加していると聞いています。小学校入学前に余りにもよい子に育てようという思いがかえって、子ども達の育つ力をゆがめているのではないでしょうか。

    子ども同士のちょっとしたけんかも大切なコミュニケーションのトレーニングの一つだと思います。

    自分の思いをはっきりと言葉で伝えられるように周囲の大人は時間を与え、広い心で子ども達を見守りたいものです。日進の小中学校はどこへ行っても先生方の教育にかける真摯な心が伝わってきます。私達教育委員も一生懸命子どもの育ちを支えていきます。

平成26年2月 教育委員 成田 ゆき江

平成25年12月

旅先にて

    本市の教育委員を拝命して、早いもので3年目に入りました。

    今現在でも見るもの聞くものが非常に新鮮で、教えられる、教えていただく事が多く、非常に貴重な機会を頂戴していると大変ありがたく感じています。

    また私自身、普段の“視点”が変わったと感じる事があります。例えば、旅行先・出張先でその地域の学校の建物(校舎)、設備や運動場、また、そこで遊んだり運動している児童、登下校中の生徒等が、自然に目に付く様になりました。知らず知らずの内に、そういった習性が身についたのでしょう。

    日本全国の都市部はもちろん、どんなに地方や離島に行っても間違いなくそこに学校が在り、そこで「教育」が行われているという事に、私はいつも安心と感動を覚えています。

    つい先日も沖縄県の某離島を観光中、実際に学校を見る事はできませんでしたが、地元のガイドさんからその島には「小中学校併設校」が在るという説明がありました。島の全人口約350人に対して40数名の児童生徒がその学校に在籍し、20数名の先生から学んでいるというお話でした。私はその日本の南端でも、やはり確実に「教育」が実践されているという事実に触れる事ができた訳です。

    日本各地に存在する学校は、全国均一かつ高レベルな「教育」を実践する為の“道具立て”であり、それが全国に隈無く、万全に調えられている事実は、日本の「教育環境」「教育行政」の“素晴らしさ”と“ありがたみ”を、私達に暗黙の内に教えてくれていると思います。

    ただし、それら「道具(手段)」は国や地方自治体が言わば“与えて”くれますが、その手段を運用して目的を達成する、つまり実際に「教育」に携わるのは、当然我々大人や親です。今の子ども達が大人になる将来、ひいては地域や我が国の未来を見据えて、我々が考えぬいて判断し、然るべき活動をしなければなりません。そこには“広い”だけでなく、“長い(永い)”視野が求められていると思います。一時的な状況や風潮、あるいは単なるイメージの基での判断は、将来に大きな禍根を残します。日本各地で校舎や子ども達を目の当たりにする度、先に述べた安心と感動と共に、私は我々大人や親は、未来に対して重大な「責任」を負っていると、改めて感じています。

平成25年12月 教育委員長職務代理者 坂井 陽二

平成25年10月

学ぶ喜び

    10年ほど前から、インドの田舎に学校を建てる運動に参加しています。インドでは今もカースト制度が根強く残っていて、生まれた時から将来の職業が限定されています。私たちが支援している学校で学んでいる子どもたちは、将来、厳しい労働環境の中で限られた仕事にしか就くことができません。そして、貧しい生活が余儀なくされています。

    私はこれまでに2度、現地を訪れました。その学校は、チェンナイ(旧称:マドラス)という街から車で3時間ほど走った小さな村の中にあります。衛生環境も悪い貧しい集落の中にある、藁ぶき屋根で電気も通っていない薄暗い教室のコンクリートの床に、たくさんの子どもたちが座って先生の話に聞き入っていました。私たちのグループは今も、先生2人分の人件費を支援して学校の存続を願っています。そんな環境の中にあっても、子どもたちの生き生きとした笑顔には、学ぶ喜びが溢れていました。

    日進市の新設校を見て、改めて日本の教育環境の素晴らしさに感動します。現在の制度の中で学ぶ日本の子どもたちは、学ぶ権利を保障されています。子どもたちだけでなく、すべての世代の市民が「学ぶ権利」を喜びとして、生き生きとした笑顔で学び続けてほしいと願っています。

    多くの先人達が創り上げた、教育に対するひたむきな努力の上に、今日の私たちの教育環境が整えられていることに感謝せざるを得ません。これからも、教育先進国から学ぶべきことはたくさんありますが、新興国から学ばなければいけないこともあるのだということを知りました。

    インドの粗末な教室で、「学ぶことのできる喜びに溢れた」子どもたちのキラキラ輝いた目を見ていて、感じたことです。

平成25年10月 教育委員長 鈴木 卓也

平成25年8月

唯一の解決策

    "One child, one teacher, one book, and one pen can change the world. Education is the only solution." (1人の子ども、1人の教師、1冊の本、1本のペンで世界を変えることができます。教育こそが唯一の解決策なのです。)女性が教育を受ける権利を主張して、昨年10月タリバンの武装勢力に頭を撃たれ、奇跡的に回復したパキスタンの少女マララ・ユスフザイさんの言葉です。圧力に屈せずに教育の普及を求め続ける彼女の誕生日にちなみ世界中の教育の普及を考える「マララ・デー」とされた7月12日、16歳となった彼女は国連でスピーチを行いました。

    パキスタン初の女性首相であり2007年に暗殺されたベナジル・ブット元首相のピンクのショールを身に着け、「銃弾で人を黙らせることはできない。弱さや恐怖や絶望は死に、強さと力と勇気が生まれた。」と彼女は語りました。そして、「貧困、無学、不正、人種差別、基本的権利の剥奪といった世界の課題に対する唯一の解決策は教育である、すべての子どもたちに教育を」と力強く訴えました。驚くべきことに、彼女は、自分を撃った兵士ですら憎んではいない、自分が銃を手にして彼が目の前に立っていたとしても自分は彼を撃たないであろう、と語りました。それは、教育から得た、「慈悲の心」、「変革の精神」、「非暴力の哲学」、「許しの心」から、自分の魂が「穏やかでいなさい。すべての人を愛しなさい。」と語りかけてくるからなのだと、教育の力を説いています。今なお命を狙われている16歳の少女の、教育に対する真摯な希求、人類に対する深い愛情に圧倒されました。教育は、これほどの力を持っているのだと感銘を受けました。

    日本国憲法第26条で保障された日本の教育制度は、長い時間をかけてととのえられ、教育は当然のものとして存在しているように感じられます。しかし、いじめや貧困など教育を阻害する要因もさまざまに存在しています。教育は、次代を担う子どもたちの礎です。「すべての国民が、その能力に応じて、ひとしく教育を受けることができるように」私たち一人一人が、「教育を受ける権利」、「教育を受けさせる義務」の意味を肝に銘じていかねばなりません。

平成25年8月 教育委員長 山田 美代子

平成25年6月

今の気持ちを忘れずに

    この春も日進市に20名近くの新規採用教職員を迎えることとなりました。そこで、皆さんの前で話す機会を得たことから、私から3点ほどのお願いをさせてもらったのですが、その一つに「市民の感覚を失わないで欲しい。」というものがありました。以下、その概要を記述させていただきます。

    皆さんは、教員の世界の入り口に立っておりますが、これから勤務する小中学校のどの教職員よりも、学生や市民の感覚を持っております。学校に限らずどこの職場でも、その組織に長く居ると、馴染んでしまい、知らず知らずのうちに、市民の感覚を失い、世間と乖離してしまうことがあるかと思います。

    教育社会が閉鎖的であると言われることがあります。「いじめ」や「体罰」といった問題は、象徴的にそのことを問われますが、こうした問題自体は、もちろん深刻であり絶対起こしてはなりません。そのうえで、今日、改めて問われているのは、問題や事件が起こってしまった時の、教師や学校、教育委員会の対応や対処のあり方であります。

    教師を志した皆さんは、こうした事案を、報道等で知り、そのとき、何を思い、何に疑問を感じ、何に怒りや悲しみを覚えたのか、その感覚をいつまでも忘れないで、持ち続けていて欲しいと心より願っています。

平成25年6月 教育長 青山 雅道

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